咬合力とフレイルの関係性
新潟大学の研究
前回はフレイルと口腔状態の関連性についてのシステマティックレビューを読みました。
この中で、フレイルと関連性があったのは残存歯数、機能歯数、歳代咬合力、ドライマウス、オーラルフレイルであったと報告しています。
今回適当に検索していて見つけたものですが、実は前回のレビューにも含まれていた最大咬合力に関する論文を読みたいと思います。
2018年のJournal of Oral Rihabilitaionに掲載された新潟大学からの論文です。
A 5-year longitudinal study of association of maximum bite force with development of frailty in community-dwelling older adults
M. Iwasaki, A. Yoshihara, N. Sato, M. Sato, K. Minagawa, M. Shimada ,M. Nishimuta, T. Ansai, Y. Yoshitake, T. Ono,| H. Miyazaki
J Oral Rehabil, 2018 Jan;45(1):17-24. doi: 10.1111/joor.12578.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28965370/
Abstract
To determine whether maximum bite force (MBF), an objective measure of oral function, is associated with development of frailty in community-dwelling older adults. This prospective cohort study included community-dwelling Japanese adults aged 75 years at baseline (n = 322). Baseline MBF was measured using an electronic recording device (Occlusal Force-Meter GM10). Follow-up examinations, including physical fitness and anthropometric evaluation and structured questionnaires, were administered annually over a 5-year period to determine the incidence of frailty, which was defined by the presence of 3 or more of the following 5 components derived from the Cardiovascular Health Study: low level of mobility, low physical activity level, weakness, shrinking and poor endurance and energy. Adjusted hazard ratios (HRs) of incidence of frailty according to sex-stratified tertiles of baseline MBF were calculated using Cox proportional hazards regression models. During the follow-up, 49 participants (15.2%) developed frailty. Participants in the lower tertile of MBF exhibited a significantly greater risk of frailty than those in the upper tertile. After adjustment for sex, depression, diabetes and Eichner index, the adjusted HRs for frailty in the upper through lower tertiles of MBF were 1.00 (reference), 1.27 (95% confidence interval [CI]: 0.50-3.20) and 2.78 (95% CI: 1.15-6.72), respectively (P for trend = .01). Poor oral function, as indicated by low MBF, increases the risk of development of frailty among elderly men and women.
本研究の目的は、口腔機能の客観的評価法の1つである最大咬合力(MBF)が地域在住高齢者のフレイルの進行との関連があるかどうかを決定することです。
この前向きコホート研究は地域在住のベースライン時75歳の日本人322名を被験者として行われました。ベースライン時の最大咬合力(MBF)をオクルーザルフォースメーターで計測しました。1年に1回、フレイル状態であるかどうかを決定するために体力と身体計測と質問への回答を行うフォローアップを実施して5年間追跡調査を行いました。フレイルであるかどうかはCHSの基準に則っとり、動作緩慢、活動性低下、虚弱、体の縮み、低耐久性の5項目中3つの存在でフレイルと判断しました。ベースラインのMBFにおけるフレイルへの移行のハザード比をCox比例ハザードモデルを用いて計算しました。
フォローアップ期間中に49名(15.2%)がフレイル状態になりました。最大咬合力低位群である場合、上位群と比較して有意にフレイルリスクが高い結果を示しました。性差、鬱状態、糖尿病、Eichner分類を調整した後のハザード比は、上位群で1.00(基準値)、中位群で1.27、下位群で2.78となりました。MBFで示唆される口腔状態の低下は高齢な男女においてフレイル移行へのリスクの増大を意味します。
ここからはいつもの通り本文を適当に要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。
背景
フレイルは介護、病的な状態、死亡、低QOLと関連する深刻な状態です。日本の65歳以上のフレイル罹患率は推定で11.3%で、高齢者人口の増加と共にさらなる罹患率の上昇が続くでしょう。
口腔機能は健康状態と深く関係しますが、加齢による歯の喪失などにより機能は低下します。結果的に多くの高齢者は口腔機能が低下しており、食事の選択においてマイナスの影響があり、低栄養に至ります。これにより身体機能と社会的な活動にも影響が出ます。最大咬合力(MBF)はですが、最大噛みしめ時の機能的な力で、口腔機能の客観的評価の1つです。咀嚼筋力を反映し、咀嚼能力の決定因子の1つです。以前の研究では、MBFが低いと食事摂取が有意に減少するだけではなく、高齢者において身体能力の低さに関連するという報告があります。栄養と身体機能の低下はフレイルに寄与します。そのため、MBFはフレイルと関連すると推定することは合理的です。最近の研究においてもMBFとフレイルの関連性は指摘されていますが、この研究は横断研究でした。
縦断研究が求められています。フレイルの高リスク群を確認する事は効果的な予防策には重要です。そこで本研究の目的は、地域在住高齢者のMBFとフレイル間に縦断的な関連性があるのかを決定する事です。
実験方法
被験者
被験者は新潟スタディの一部となっています。新潟スタディは新潟市に住む高齢者から600人をランダムに抽出しています。被験者全員はスタート時70歳でした。最初の調査は1998年に行われ、2008年まで毎年行われました。1998~2002年はフレイルに関する計測調査は行われていませんでした。この研究のベースラインは2003年で2008年まで行われ、データの欠損がある被験者は削除され、最終的に322名が残っています。
フレイルの調査
フレイルの判定に関しては以下のCNS基準に則っています。
(1)歩行スピード:2回測定して速い方を採用。10mをできるだけ速く歩くように指導。2mと9m時に時間を計測して速度を算出。
(2)低活動性:健康増進のために体操やスポーツをしていますか?という質問にネガティブな回答
(3)握力:2回測定して高い方を採用。男性は26kg未満、女性は17kg未満
(4)体重減少:年5%以上
(5)低耐久性、低エネルギー:過去2週間で精気がみなぎった感じがありましたか?という質問で殆どない、またはない、と回答
最大咬合力の測定
1人のトレーニングされた歯科医師によりオクルーザルフォースメーターで計測しました。第一大臼歯部にて最大噛みしめ時における咬合力を左右で測定して高い値を採用しています。第一大臼歯部で測定不能な場合は、できるだけ近い部位で計測しています。
他の変数
残存歯数
義歯の使用
咬合支持(Eichner分類)
身長
BMI(境界値18.5)
咀嚼能力(質問表):何でも噛めるか?という質問
収入(質問表)
教育(質問表)
喫煙(質問表)
既往歴(質問表):特に糖尿病と循環器疾患
うつ(GHQ-30)
統計解析
各ベースライン間の比較にはKruskal-Wallis検定、χ2検定を用いています。5年間のフレイルイベント発生に関してはKaplan-Meierを用いています。
単変量、多変量のCox比例ハザードモデルによる解析を行っています。
結果
ベースラインでの結果は以下の様になります。
MBFの結果により上位、中位、下位群の3群にわけています。
この3群間で有意差が認められたのは残存歯数、義歯装着、Eichner分類、咀嚼困難さでした。
男女間でMBFに有意差を認めませんでした。平均フォロー期間4.2年で49名がフレイルに移行しました。
Kaplan-Meierに解析ではフレイルに移行する5年累積確率はMBF上位群で9.5%、中位群で14.0%、下位群で26.3%でした。
表3にはベースライン時のMBFに対する未調整のフレイルイベント発生率とハザード比を示しています。
MBF上位群と比較して、MBF下位群がフレイルに移行するハザード比は3.08でした。
フレイルリスクの有意な増加は女性、うつ状態、糖尿病、Eichner分類で認められました。これらの変数を多変量モデルに使用しました。
表4に多変量モデルの結果を示します。単変量と同じ様な結果で、MBF下位群は乗員群と比較して高いフレイルリスクを認めました。変数調整後のハザード比は上位群で1.00(基準値)、中位群で1.27、下位群で2.78となりました。
考察
過去の研究では、MBFが低い高齢者は有意にビタミンや繊維質の摂取量が低いという報告があります(文献13)。貧しい食事は身体機能の低下とフレイルを引き起こします。また、MBFは閉口筋活動の修飾の結果であり、過去の研究によると咀嚼筋機能低下は骨格筋の機能低下と共通しています。低MBFの人は握力も低く席を立つ時間など身体機能も悪かったという報告があります。
以前の縦断研究では、全身機能の限界は少数歯または無歯顎、咀嚼しづらさと関連したと報告しています。これは逆の因果関係、フレイルが口腔機能低下を引き起こす事、がありえる可能性を示唆しています。関係性を解明するにはさらなる研究が必要です。
まとめ
咬合力低下はオーラルフレイルを超えたサルコ・ロコモ期という解釈になりそうです。概念図では前フレイル期からサルコ・ロコモ期までは可逆的でフレイル期からは非可逆的なイメージになっておりフレイル期に移行させない事に主眼が置かれていると考えられます。
今回の実験系もこの図の咬合力低下から全身的なフレイルに移行していく事を考慮して組まれています。
咬合力の低下は当然ですが、歯数の減少により起こるのが想像しやすいです。実際今回の研究の低MBF群は残存歯が少なく義歯装着者の割合が多い結果でした。Eichner分類的にもC群が多くなっています。それに対して高MBF群はEichnerA群が多いですので、やはり自分の歯同士で噛める部位が多い方が有利と考える事ができそうです。
では、義歯になったらもう駄目なのか、というわけではなく、義歯を入れる意味というのは他の文献的にもしっかりあります。
大事なのは、歯がなくなったのをそのままにしないという事ではないかと思います。