口腔内の状況と認知症の治療費の関連性
高齢者系に一度戻ります
1月に高知県歯科衛生士会の依頼で講演をしたのですが、今年もある程度同じ内容で講演をして欲しいという依頼を受けました。
コロナの影響で1月の講演会に来られなかった受講生も多かった事や、単年ではなく数年間で人材を育成するというプロジェクトだったようです。
それ早めに知らせてください。うっかり1月のスライドでもてる物を全部出し切ってしまいました。
というわけで、講演をさらにブラッシュアップするために再度高齢者系に戻って論文の数を読むことになりました。
今回は愛知学院大学の先生方の今年の論文を読んでいきます。認知症と口腔環境の関連についてです。
Association Between Oral Health and the Medical Costs of Dementia: A Longitudinal Study of Older Japanese
Mizuki Saito , Yoshihiro Shimazaki, Toshiya Nonoyama , Kazushi Ohsugi
Am J Alzheimers Dis Other Demen. Jan-Dec 2021;36:1533317521996142.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33631957/
現時点ではダウンロードフリーでした。
Abstract
Objective: Oral health status may be associated with dementia, which in turn results in higher medical costs among older people.
Methods: This STUDY enrolled 4,275 older individuals. Generalized linear models were constructed with the medical costs of dementia as the dependent variable, and number of teeth, Community Periodontal Index (CPI), and other factors as independent variables.
Results: Individuals with fewer teeth or with poor periodontal condition had significantly higher medical costs ratios for dementia independent of other confounding variables. The adjusted medical costs ratios of dementia were 4.13 (95% CI [confidence interval]; 1.79-9.56) for those with ≤9 teeth compared with those with ≥20 teeth and 3.48 (95% CI; 1.71-7.08) for those with personal CPI code 4 compared with those with personal CPI code 0-2.
Conclusions: Oral health status was associated with the medical costs of dementia. Preventing tooth loss and maintaining periodontal health may contribute to controlling dementia costs.
目的:口腔内の状況は認知症と関連しているかもしれません。そして高齢者の医療費増加に繋がっている可能性があります。
実験方法:4275名の高齢者を対象としました。従属変数として認知症の医療費、独立変数として残存歯数、Community Periodontal Index (CPI)、その他を設定した一般化線形モデルを構築しました。
結果:残存歯数が少ない、または歯周病の状態が悪い人は認知症の治療コスト比が有意に高い結果となりました。調整された認知症の治療コスト比は、9本以下の残存歯数の場合、20本以上残存している人と比較すると4.13(95% CI ; 1.79-9.56)、CPIコード4の人はCPIコード0~2の人と比べると3.48(95% CI; 1.71-7.08)となりました。
結論:口腔内の状況は認知症の治療費と相関していました。歯の喪失を抑え、歯周組織の状態を健康で維持する事は認知症のコストをコントロールすることに寄与するかもしれません。
ここからはいつもの通り本文を適当に要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。
緒言
認知症を有する患者は全世界で4680万人にもなります。認知症は患者本人だけでなく、家族や介護者のQOLを低下させます。認知症に対するコストは増加を続けており、2030年には2兆ドルを超えると推定されています。
糖尿病と脂質異常のような全身疾患は認知症のリスクです。また、喫煙や運動不足などの生活習慣もリスクとなります。さらに歯の喪失と歯周病も認知症と関連する事が報告されています。4年間の縦断研究で残存歯数が少ない高齢者は認知機能低下のリスクが有意に高かったと報告されています(論文5)。韓国の健康保険のデータを使用した研究では、歯周病を有している人の認知症進行リスクは歯周病ではない人よりも有意に高いと報告されています(論文6)。
認知症の医療費と口腔内の状況の関連性を検討した研究は今までありません。そのため、本研究において残存歯数と歯周病の状態が高齢者の認知症医療費と関連するかどうかについて検討しました。
実験方法
被験者
三重県の高齢者対象の医療制度により保険をかけられた人達を対象としました。この保険は年に1回健康状態をチェックします。2014年から政府は口腔内の診査もサポートし始め、三重県では75歳と80歳を対象に口腔内診査を行っています。2014年には33378名が対象でしたが、そのうち口腔内診査を行った4984名が本研究に登録されました。
口腔内診査
三重県歯科医師会に所属する歯科医院にて診査が行われました。
診査項目:DMFTとCPI(6本)
CPI 0:健全、1:ブリーディング、2:歯石、3:4~5mmの歯周ポケット、4:6mm以上の歯周ポケット、X:対象歯が欠損
6箇所の測定点での最高点数を代表値とする。全ての部位がXの場合はXとなる。
質問票
喫煙の有無
BMI
現病歴(脳卒中、循環器疾患、DM)
医療コスト
4年間のメインの疾患が認知症の被験者に関する医療費を調査
メインの疾患が他のものは除外
医療費のみで歯科医療費や保険外の薬代、訪問介護などの費用は含まれていません。
統計処理
2014年のベースライン時:4984名が歯科診査を受診
2019年3月までに488名が死亡、152名がデータ欠落、2014年にすでに認知症で治療されていた69名を除外しました。
最終的な被験者は4275名となっています。
残存歯:9本以下、10-19本、20本以上の3群に分類
CPI:0-2、3、4、Xの4群に分類
BMI:18.5未満、18.5以上25未満、25以上の3群に分類
一般化線形モデルを構築
従属変数:医療費
独立変数:年齢、性別、喫煙、BMI、現病歴、残存歯、CPI
多変量:説明変数を残存歯数とCPI3つのモデル
モデル1:年齢、性別
モデル2:性別、年齢、喫煙の有無
モデル3:性別、年齢、喫煙の有無、BMI、現病歴
有意水準は5%です。
結果
4年間で4275人のうち201人が認知症で医療費がかかっていました。
表1に各変数における被験者数、認知症者数と認知症の医療費を示します。
表2に一般化線形モデルの結果を示します。年齢、残存歯数、CPIが有意に認知症の治療費と相関しました。
残存歯数が9本以下の人は20本以上の人と比較して医療コスト比が3.79倍(95% CI 1.46–9.87)、CPIが4の人は0~2の人と比較して4.04倍(95% CI 1.43–11.47)と有意に高くなりました。
表3にモデル1~3における解析結果を示します。
年齢と性別について調整を行ったモデル1では残存歯数が9本以下の人は20本以上の人と比較して医療コスト比が4.49倍(95% CI 1.79–11.21)、CPIが4の人は0~2の人と比較して3.19倍(95% CI 1.38–7.33)と有意に高くなりました。
年齢と性別、喫煙の有無について調整を行ったモデル2では残存歯数が9本以下の人は20本以上の人と比較して医療コスト比が4.49倍(95% CI 1.80–11.23)、CPIが4の人は0~2の人と比較して3.17倍(95% CI 1.38–7.28)と有意に高くなりました。
年齢と性別、喫煙の有無、BMI、現病歴について調整を行ったモデル3では残存歯数が9本以下の人は20本以上の人と比較して医療コスト比が4.13倍(95% CI 1.79–9.56)、CPIが4の人は0~2の人と比較して3.48倍(95% CI 1.71–7.08)と有意に高くなりました。
考察の一部
歯の喪失と認知症治療費の関連性については、歯の喪失が認知症と関連するという報告(文献10)があります。歯の喪失は認知機能低下を促進する可能性があります(文献11)。しかし、どのような機序なのかよくわかっていません。歯の喪失に伴う咀嚼機能低下が認知症のリスクを増加させるのかもしれません。噛むことは脳血流量を増加して脳を活性化します。大臼歯の欠損が認知症のリスクを高めるという報告があります(文献15,16)。
食事と栄養が認知症と関連するという沢山の報告があります。しかし、確定的な結果は得られていません。ただ、低栄養と体重減少が認知症発症と進行と関連しているという報告があります(文献21)。コホート研究において、アルツハイマー型認知症では体重減少を伴う患者は急速に認知機能が低下しました(文献21)。
歯周病がある人とない人と比較して認知機能低下が有意に起こったという報告があります(文献7)。歯周病は血中のCRPとTNFαを増加させます。全身の炎症が認知症リスクを増加させる可能性を示唆しています。歯周病はアミロイドの沈着に関連しており、歯周病患者では非歯周病の人よりも遙かにアミロイドが沈着しているという報告があります。マウスの実験ではP. gingivalisが毒素を産生しアミロイドβ産生を引き起こ事が分かっています。
喫煙、循環器疾患、DMもよく知られた認知症のリスクですが、今回は有意な関連を認めませんでした。今回は認知症治療にかかった費用の検討で、認知症の進行を検討したわけではない事が原因ではないかと考えられます。
Limitation
今回の被験者は歯科医院をわざわざ受診しているわけで、口腔内に関心が高い健康な人に偏った可能性があります。実際20本以上残存している割合が歯科疾患実態調査の値よりも高い割合となっています。
BMIと現病歴は被験者の自主回答であり、結果にバイアスがかかっている可能性があります。
CPIは口腔内の一部の状態評価であり、全体を評価していません。
認知症以外がメインの疾患の場合、医療費をカウントしていません。そのため、実際のコストよりも安くなっている可能性があります。
社会経済的な要素を考慮していません。
まとめ
指摘したいところは大体Limitaionに記載してありました。
1つ考えたいのが、医療コスト比の95%領域がかなり幅が大きいということです。
表2の結果では、残存歯数が9本以下の人は20本以上の人と比較して医療コスト比が3.79倍でしたが、95%領域が1.46–9.87とかなり大きいですし、CPIでは1.43-11.47とさらに大きいです。また、20本以上に比べて10~19本は有意差がなく、むしろ0.94倍と下がっている所もちょっと疑問があります(勿論有意差がないので0.94自体に大きな意味はありませんが)。これは、サンプルサイズや交絡などをもっと検討しないといけない可能性がありそうな気がします。今後の研究に期待したいところです。
参考文献
文献5:Saito S, Ohi T, Murakami T, Komiyama T, et al. Association between tooth loss and cognitive impairment in community-dwelling older Japanese adults: a 4-year prospective cohort study from the Ohasama study. BMC Oral Health. 2018;18(1):142.
文献6::Choi S, Kim K, Chang J, et al. Association of chronic periodontitis on Alzheimer’s disease or vascular dementia. J Am Geriatr Soc. 2019;67(6):1234-1239.
文献7:Kaye EK, Valencia A, Baba N, Spiro A, Dietrich T, Garcia RI. Tooth loss and periodontal disease predict poor cognitive function in older men. J Am Geriatr Soc. 2010;58(4):713-718.
文献10:Takeuchi K, Ohara T, Furuta M, et al. Tooth loss and risk of dementia in the community: the Hisayama study. J Am Geriatr Soc. 2017;65(5):e95-e100.
文献11:Dintica CS, Rizzuto D, Marseglia A, et al. Tooth loss is associated with accelerated cognitive decline and volumetric brain differences:a population-based study. Neurobiol Aging. 2018;67:23-30.
文献15:Hatta K, Ikebe K, Gondo Y, et al. Influence of lack of posterior occlusal support on cognitive decline among 80-year-old Japanese people in a 3-year prospective study. Geriatr Gerontol Int. 2018;18(10):1439-1446.
文献16:Takeuchi K, Izumi M, Furuta M, et al. Posterior teeth occlusion associated with cognitive function in nursing home older residents: a cross-sectional observational study. PLoS One. 2015;10(10):e0141737.
文献21:Soto ME, Secher M, Gillette-Guyonnet S, et al. Weight loss and rapid cognitive decline in community-dwelling patients with Alzheimer’s disease. J Alzheimers Dis. 2012;28(3):647-654.