義歯安定剤のメタアナリシス
ここまで2本の義歯安定剤に関するシステマティックレビューを読みましたが、2つとも研究の異質性の問題でメタアナリシスは行っていませんでした。今回はJournal of Dentistryにメタアナリシスを行った論文をみつけたので、読んでみることにします。2021年香港からの論文。メタアナリシスしている論文は現在これしかないみたいです。
A systematic review and meta-analysis to evaluate the efficacy of denture adhesives
Xin Shu , Yanpin Fan , Edward Chin Man Lo , Katherine Chiu Man Leung
J Dent. 2021 May;108:103638. doi: 10.1016/j.jdent.2021.103638. Epub 2021 Mar 13.
PMID: 33727079
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33727079/
Abstract
Objectives: This systematic review aims to investigate the efficacy of denture adhesives (DAs) for complete dentures (CDs), and to provide clinical recommendations for prosthodontists and general practitioners.
Data/sources: Electronic databases (Medline, Embase, CENTRAL) and gray literatures were searched (up to March 2020) for relevant randomized and non-randomized controlled clinical trials (RCTs and CCTs) evaluating the efficacy of DAs when applied to CDs. Primary outcomes were objectively assessed variables directly related to mastication (denture retention, maximum bite force and masticatory efficiency). Secondary outcomes included other objectively assessed variables and patient-reported outcomes.
Study selection: Of the 1729 records identified, 39 studies (43 articles) were included in the analysis. Among them, 23 were RCTs and 16 were CCTs, with two multicenter clinical trials (1 RCT and 1 CCT). Meta-analysis results indicated that DAs provided significantly higher retention (SMD 1.34, 95 % CI: 0.89-1.79, P < 0.001) for CDs. Bite force (SMD 0.98, 95 % CI: 0.50-1.47, P < 0.001) and masticatory performance (SMD 0.72, 95 % CI: 0.23-1.22, P = 0.004) of the CD wearers were also improved after using DAs, but the effect size was relatively smaller.
Conclusion: Based on the results of this systematic review, it is concluded that DAs can improve denture retention, bite force and masticatory performance of CD wearers.
Clinical significance: This study investigated the effects of all types of DAs for CDs in terms of their effects on denture retention, masticatory performance, oral health-related quality of life and oral microorganisms for CD wearers.
目的:本システマティックレビューの目的は全部床義歯装着者への義歯安定剤の有効性を調査し、補綴専門医やGPに臨床的な推奨事項を提供する事です。
データ:全部床義歯装着者の義歯安定剤の有効性を評価したランダム化比較試験(RCT)、または非ランダム化比較試験(CCT)をMedline、Embase、CENTRALといったデータベースと灰色文献を2020年3月まで検索しました。主なアウトカムは維持、最大咬合力、咀嚼能力などの咀嚼に関する客観的評価変数としました。二次的なアウトカムは他の客観的な変数と患者の主観的な評価としました。
研究の選択:1729の中から、43文献、39の研究が今回の解析に抽出されました。23がRCT、16がCCTで、2つのマルチセンターリサーチ(1RCT、1CCT)が含まれます。メタアナリシスの結果、義歯安定剤により有意に大きな維持力(SMD 1.34, 95 % CI: 0.89-1.79, P < 0.001) が認められました。また咬合力((SMD 0.98, 95 % CI: 0.50-1.47, P < 0.001) 、咀嚼能力(SMD 0.72, 95 % CI: 0.23-1.22, P = 0.004)も、義歯安定剤による改善が認められました。しかし、効果量は比較的小さい結果でした。
結論:本システマティックレビューから、義歯安定剤により全部床義歯の維持、咬合力、咀嚼能率を改善する可能性があると結論づけられます。
臨床的な意義:全部床義歯の維持、咀嚼能力、口腔関連QOL、口腔内微生物への効果について、全てのタイプの義歯安定剤でその効果が示唆されました。
ここからはいつもの通り本文を適当に抽出して意訳要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。
緒言
国連は2017年に9億6200万人だった60歳以上の人口が2050年には2倍以上の21億人になると推定しています。無歯顎者の比率は減少していますが、その実数は増加しています。全身の健康管理に不可欠な口腔ケアは、活動的で生産的な生活を送りたい無歯顎の人々にとって非常に関心の高い問題になっています。
全部床義歯は無歯顎者の口腔機能のリハビリテーションのために一般的な治療法です。しかし、経時的な支持組織の変化により、維持安定の低下や、不快事項の増加、咀嚼能率の低下などが起こる可能性があります。高齢者の適応力を考えると、義歯の頻繁な作り替えは好ましくありません。歯科医院への頻繁な通院や経済的な要素なども、フレイルや障害を負っている高齢者には好ましくない理由となります。加えて、口腔乾燥や解剖学的や理由から適合の良い義歯でも維持安定が悪い可能性があります。口腔乾燥症は高齢者にはよく見られ、唾液流量の著明な減少は義歯の維持を低下させます。
義歯安定剤は、義歯と口腔粘膜を接着することで、維持安定を改善し食渣の侵入を防止するために市販され使用されています。義歯安定剤には、接着成分としてカルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリビニルメチルエチル/マレイン酸(PVM-MA)、抗微生物成分、可塑化成分、味成分などが含まれています。義歯安定剤は可溶性か不溶性かで2つに大別できます。可溶性はクリーム、ペースト、ジェル、パウダーといった形態です。有効成分としてポリマー塩を含んでおり、水や唾液の存在下で膨潤し、粘性を増すことができます。不溶性は、通常、帯状、パッド状、ウエハー状、クッション状の布製メッシュからなり、水活性化成分を含浸させ、水吸着後に粘着性を持たせることが可能となっています。
義歯安定剤は18世紀後半にはすでに紹介されており、紙の記録として残る最古のものは1935年です。その使用に関しては議論が未だにあり、プロフェッショナルは義歯安定剤の使用は未熟な臨床技術と補綴的な専門知識の欠如を補償するものだ、と主張しますが、多くのGPは新旧義歯への使用を推奨しています。
2015年にパブリッシュされた唯一の利用できるシステマティックレビューは、義歯安定剤は維持安定や咀嚼能率を改善すると結論づけています。しかし、その結論は、全部床義歯装着者、部分床義歯装着者、インプラントオーバーデンチャー装着者の臨床試験、観察研究のナラティブ分析に基づいています。多様な研究デザイン、多様なエビデンスの質、異質性が結論を混乱させた可能性がありますし、メタアナリシスが行われていません。さらに、義歯安定剤に関するRCTやCCTはここ最近パブリッシュされてきています。ある研究では、義歯安定剤では機能面は改善しませんでしたが、主観的評価には影響をあたえたと報告しています。一方で、CCTでは、安定剤を適応した期間、咀嚼パフォーマンスが改善したと報告しています。同様に、咀嚼能率が有意に増加したと報告されています。これらの研究はよくデザイン、実行されており、クオリティが高いと考えられますが、結果は相反しています。
本システマティックレビューの目的は、全部床義歯装着者において、義歯の維持、咀嚼能力、口腔関連QOL、口腔微生物に対する全てのタイプの義歯安定剤の効果を検討することです。
実験方法
本システマティックレビューはPROSPEROに登録しました(CRD42020164316)。
文献検索と選択
データベース(英語):Medline、Embase、CENTRAL
灰色文献:Google scholar、ClinicalTrials.gov
タイトルと抄録:PICOSに基づいて絞り込み→フルテキストを検討。必要なら著者に問い合わせ
Patients
18歳以上の無歯顎患者で上下どちらか、または両方に全部床義歯を装着。顎堤条件は問わない。義歯の質、装着期間、破損の有無などの制限もなし。口腔乾燥症は含めるが、口腔顎顔面の手術を行った患者は除外
Intervention
全部床義歯に義歯安定剤を使用。義歯安定剤の種類は商品、試作品問わず、タイプも問わない。
Comparison
義歯安定剤なし、生理食塩水使用をコントロール群として、安定剤使用群と比較
Outcomes
主なアウトカム:直接的に咀嚼に関連する客観的評価変数。維持安定、最大咬合力、咀嚼能率などに限定しない。
二次的なアウトカム:1 他の客観的変数。例えば、義歯床下への食塊の侵入、軟組織の以上、口腔湿潤度、微生物 2 主観的変数。満足度、口腔関連QOL、快適さ、味やテクスチャーなど
Study design
ランダム化比較試験(RCT)、非ランダム化比較試験(CCT)パラレル、クロスオーバーデザインも含む。サンプルサイズは10名以上、フォローアップ期間は問わない。観察研究は除外
バイアスリスク
Cochrane Handbook (Ver. 5.1.0)に基づいてリスクを判定。
GRADEにて研究の質を判定
統計処理
信頼区間:95%
異なる測定方法や尺度が用いられているため、標準化平均差(SMD)を採用
図から抽出されたデータを本文中の情報と比較→一致し、図が正確であると判断された場合のみ、そのデータをメタ解析に採用
対象研究の多くが安定剤適用直後の効果を報告しているため,追跡期間が複数回(1日以上)の研究では、最も短い追跡期間のデータのみをメタ分析に使用
安定剤の種類や顎堤の状態が異なるなどサブグループがある研究では、コクランハンドブックで提供されている計算式を用いて効果(平均値とSD)を合算
エビデンスの信頼性を検証するため、固定効果モデルとランダム効果モデルのアウトカムを比較し、保守性についてはランダム効果推定値のみを報告
結果
検索結果
データベースから1729の研究をピックアップ。灰色文献からのピックアップは無し。
タイトルと抄録から77本を抽出。本文を検討した結果34本が除外。同じ実験で違う論文を書いているものがあり、最終的に39の研究が採用されました(表1、表が大きいためブログの最後に掲示)
採用された研究は1967年~2020年までのパブリッシュでした。23RCT、16CCTでその中にはマルチセンターリサーチが2つ(1RCT、1CCT)が含まれます。17本の研究がクロスオーバーデザインで、残りはパラレルデザインでした。
流通している商品と実験的な安定剤は、クリーム、ペースト、パウダー、テープ、のり、ストリップ(テープに近似?)、クッション、ウエハーなど色々なタイプがありました。主なアウトカムとしての咀嚼に関連した客観的変数としては、7つの研究では全部床義歯の維持力、13の研究では咬合力、17の研究では咀嚼能力を評価していました。二次的なアウトカムとして12の研究が患者の主観的な評価、5つの研究が口腔関連QOL、2つの論文が口腔微生物の情報について検討していました。総合して、22の研究データがメタアナリシスを含め、4つの研究データは図から除外しました。
バイアスリスク
バイアスリスクを図2、図3に示します。CCTはランダマイズしていないので、選択バイアス、実行バイアス、その他のバイアスはコクランハンドブックに従ってハイリスクとなります。割り付けの隠蔽とランダム化については多くの研究、特に古い研究ではで適切には行われておらず、結果として選択バイアスはハイリスクとなっています。ブラインドに関しては、被験者に義歯安定剤の使用に気付かせない事は殆ど不可能でした。にもかかわらず、ブラインドの失敗は客観的な評価項目の結果にそれほど影響を与えていませんでした。しかし、主観的な評価については、ブラインドできないことが影響を与えた可能性はあります。実験者、解析者のブラインドについては可能でしたが、実際行われたのは1/4程度しかありませんでした。減少バイアス、報告バイアスについては比較的リスクは低い結果でした。一般的に、古い研究に代わるリスクの低い研究がさらに必要です。
維持力の比較
全部床義歯の維持を評価する方法は大きく分けて2つでした。1つはダイナモメーターやスプリングなどの機械的な道具を使用して、義歯が脱離する際の力を測定する方法です。もう1つは全部床義歯の維持安定を改良型Kapur indexによって評価する方法です。本レビューでは、3つの研究が義歯脱離時の力を、3つの研究でKapur indexがメタアナリシスに採用されました(図4)。安定剤使用後の義歯の維持力は有意に向上しました(SMD 1.34, 95 % CI:0.89–1.79, P < 0.001)。サブグループ解析で、下顎義歯の方が上顎義歯よりも維持力が増加しました。
ある研究は、維持力のSDまたはSEを報告していなかったため、メタアナリシスから除外しました。にもかかわらず、著者らは口腔乾燥症に義歯安定剤を使用すると義歯の維持力が改善すると報告していました。
咬合力の比較
最大咬合力が前歯部、小臼歯部、第1大臼歯部で測定されました。義歯安定剤の使用により咬合力は増加しました(SMD 0.98, 95 % CI: 0.50–1.47, P < 0.001)。10の研究が前歯部の咬合力を計測手織り、そのうち8つをメタアナリシスに採用しました。義歯安定剤使用後に、全部床義歯装着者の前歯部の咬合力は大きくなり、その増加量は新義歯/適合の良い義歯よりも使用中/適合の悪い義歯の方が大きくなりました。臼歯部で測定した3つの研究のうち2つをメタアナリシスに含めましたが、新義歯でも使用中の義歯でも有意な増加を認めませんでした。これはサンプルサイズが不十分なためと考えられました。
Monozの研究はSDが報告されていなかったのでメタアナリシスに採用しませんでした。これ以外の結果から、クリームタイプが最も大きな前歯部の咬合力を発揮しました。次いでstripタイプで、両者ともに安定剤未使用群と比較して有意に大きくなりました(P < 0.05)。中央値と四分位数範囲を報告しているある研究(文献20)では、口腔乾燥症でクリームタイプを使用した患者の最大前歯部咬合力のみ有意差を認め、パウダータイプや口腔乾燥症ではない患者では有意差を認めませんでした。さらに、第1大臼歯部では、全てのパターンで安定剤使用による有意差を認めませんでした。
咀嚼能力の比較
7つの研究で咀嚼能率を評価しており、うち6つは新製、または適合の良い義歯で検討していました。篩分法は最も一般的な方法であり、食物(ピーナッツ、アーモンド、ハム、人参)、人工食品(不可逆性の寒天やシリコーン材料など)が用いられていました。規定時間または規定咀嚼回数で篩分法を行い評価しています。一方で、色変わりガムを用いて咀嚼能力を検討したものもありました。篩分法の5つと色変わりガムの1つの研究をメタアナリシスに採用しました。結果として義歯安定剤使用によって咀嚼能力の改善が認められました(SMD 0.72, 95 % CI: 0.23–1.22, P = 0.004)。篩分法による研究結果では、義歯安定剤の使用による咀嚼能力の改善は正の効果が認められました(SMD 0.88, 95 % CI: 0.29–1.47, P = 0.003)。しかし、Nishiらは口腔乾燥症では患者では、安定剤使用群とコントロールである生理食塩水群で、色変わりガムによる咀嚼能力に有意差を認めませんでした。対照的に口腔乾燥症患者では有意な改善を認めました。
Neilらによる研究はSDまたはSEが報告されていなかったため、メタアナリシスから除外しました。にも関わらず、著者らは適合が悪い、普通の全部床義歯では安定剤使用で咀嚼能力が改善した、良い適合の義歯では有意差が無かった、と報告しています。
GRADEによる質の評価
GRADEによる評価では、今回行った3つのメタアナリシス全てが中等度のエビデンスの質でした。評価が下がった理由は、主に矛盾性、不正確性でした。
Narrative analysis
全部床義歯の口腔関連QOLを調べたいくつかの研究では、調査期間、調査ツールが異なっていました。OHIP-EDENTを用いたのが3つで、そのうちの1つのみが安定剤使用30日後にOHIP-EDENTの7つのセグメントのうち5つで有意な改善が認められたと報告しています。さらに、この研究では食事摂取と栄養についても調査をしており、フルーツと野菜の摂取量が増加、脂肪摂取が減少し、咀嚼能力の改善によりバランスがとれ健康的な食事となった事が示唆されました。しかし、他の2つの研究では、4日間、30日間共に義歯安定剤による口腔関連QOLへの影響は認められませんでした。興味深い事に、GOHAIを用いて口腔関連QOLを評価した他の研究では、新義歯装着後の最初の3か月での義歯安定剤使用によりQOLは大幅に改善しましたが、次の3か月で低下しました。著者らは安定剤がもたらす良い維持と快適さが、全部床義歯装着者の心理面と運動面の統合を促進するが、限界がある、と説明しています。
義歯性口内炎は全部床義歯装着者の11~67%に認められる炎症性疾患です。義歯安定剤はカンジダと義歯性口内炎に関連すると考えられています。しかし、本研究でそれを裏付けるエビデンスはありませんでした。口腔内微生物(主にCandida albicansとStreptococcus mutans)を調査した4つの研究では、義歯安定剤使用14日後、2か月後において、コロニー数の有意な変化を認めませんでした。しかし、4つの研究のうち3つが適合がよい義歯を使用しており、安定剤の厚みは薄いと思われます。さらに、殆どの被験者は安定剤使用に関してしっかり教育されており、適切な清掃も行っています。
考察(全部を訳してはいません)
著者の知る限り、本研究は全部床義歯装着者への義歯安定剤の効果を調査したRCT、CCTについての初めてのシステマティックレビューです。含まれる研究の多くがRCTであり(23/39)、介入研究と観察研究の両方を含む以前の系統的レビューと比較して、エビデンスの質が高くなりました。
主なアウトカムは全て連続的尺度または順序尺度で表現されました。様々な研究で異なる測定方法と尺度が用いられているため、標準化平均差(SMD)を効果量を評価するために採用しました。これは、試験群とコントロール群の2つの推定平均値の差を標準偏差の推定値で割ったものです。この方法により、異なる研究の結果は、統合する前に均一な尺度に標準化することができます。注意すべきは、SMDには尺度の方向性が示されていないことです。したがって、他の研究とは逆向きの結果を示した1つの研究のデータには、調整が行われました。
今回の研究の殆どが短期間での実験であり、義歯安定剤の即時的な効果を調査しています。その他のいくつかの研究では3か月までの長期的な期間でのQOLの変化を調査しています。クロスオーバーの研究では、被験者全員が次の段階までに義歯を洗浄・乾燥させ、前施行の影響を排除するか、十分な時間のウォッシュアウト期間を設けています。そのため、今回採用した全ての研究では、効果の持ち越しは無かったと考えられます。収録された研究から得られた情報は豊富で多岐にわたるため、結果の提示はいくつかのセクションに分け、より明確な解釈ができるようにしました。
維持と咀嚼能力の改善
メタアナリシスの結果から、義歯安定剤の使用で維持は有意に向上しました。これは安定剤により追加の維持力が発生した事が示唆されます。研究の異質性が認められましたが、効果量の違いにかかわらず、安定剤の使用に全てが好ましい結果の方向性でした。そのため、測定方法に関係なく、今回採用した全ての研究で、安定剤の種類を問わず維持力の向上が示唆されました。
しかし、咀嚼能力と咬合力の向上に関しては、維持力と比較するとそれほどクリアな結果ではありませんでした。向上は統計的には有意であったものの、効果量は小さく、今回採用した研究の半分では安定剤を使用しても咀嚼能力に有意差はありませんでした。にもかかわらず、維持と咀嚼能力の向上について安定剤が正の効果を持つということは客観的な測定結果により正当化されています。昔の研究では、全部床義歯の咀嚼能力の低下は、基本的に食物を操作する器官の感受性の低下に起因することが指摘されていましたが、さらなる調査の必要性が示唆されました。咀嚼は複雑な過程であり、様々な器官のコーディネーションが必要です。義歯の維持が向上するだけでは、全部床義歯装着者の咀嚼能力の改善には不十分である可能性があります。
いくつかの研究では、T-scan、キネジオグラフ、EMGなどによる咀嚼時の運動学的変化を調査しています。義歯安定剤の使用での顎運動の変化は、1)咬合バースト時間の減少(咀嚼リズムの向上)、2)咀嚼サイクルの高速化、3)義歯が偏位する前に咬合相が終了、4)咬合相と非咬合時間の短縮(咬合の安定化)、5)安静空隙量は変化しないが、垂直的な下顎運動量の増加(1.7mm)などが報告されています。そのため、全部床義歯の維持安定の向上によって、安定剤はより活発でバランスがとれ、効率的な咀嚼運動を補助しているのかもしれません。しかし、心理的な信頼性や安心感も改善に寄与していると思われます。
加えて、安定剤はクッション効果を有し、圧力を伝達し、食渣が侵入しないように封鎖します。しかし、床下への食渣の侵入を防止する事を裏付けるエビデンスは不足しています。床下に蓄積したピーナッツ粒子を分析した2つの研究ではいずれも有意差を検出しませんでした。これは、全ての被験者が適合の良い義歯を使用しており、安定剤使用、未使用の両方でピーナッツの食渣がかなり少ない量しか採取できなかった事で説明されるかもしれません。
安定剤のタイプ
今回採用した研究の約1/3が義歯安定剤のタイプの違いを検討していました。維持と咀嚼能力の向上という点では、クリームタイプとペーストタイプの安定剤がより効果的であると多くの研究が報告しています。全部床義歯の維持力の向上はクリームタイプが最も優れており、その次がパウダーでした。一方でストリップとウエハーはあまり効果的とはいえませんでした。ストリップとウエハーは同様の効果を有しているという報告があります。
クリームとパウダーは可溶性安定剤の中では一般的で、有効成分も非常に似かよっています。唾液と作用すると50~150%膨張し粘性を得ます。クリームとパウダーの主な違いは運搬剤と固結防止成分です。中等度の粘弾性を有するクリームは側方拡大能力と強い接着強さを有しており、操作性と適用時の効果を向上させます。一方でパウダーは義歯床の一定のエリアに集積する傾向があり、不均等でスポット的な分布になります。そのため、最終的なパウダーの粘弾性は唾液の量と質に依存します。そのため口腔乾燥症例には不向きとなります。これは10センター、200名の被験者の結果が他の研究結果と異なる事で説明出来るかも知れません。さらに、これは生理食塩水をコントロールとした唯一の研究です。他の研究は義歯安定剤未使用がコントロールです。研究者達は、口腔乾燥症ではない無歯顎患者では、義歯安定剤による客観的評価項目の向上は有意ではないが、口腔乾燥患者へのクリームタイプ使用で前歯部咬合力は有意に向上したことを報告しています。咀嚼能力については安定剤使用群も生理食塩水群のどちらも有意に向上しました。これは生理食塩水が、特に口腔乾燥を有する患者の義歯の維持向上に寄与する可能性を示唆しています。
不溶性の安定剤については、パッドとウエハーは厚みの影響で咬合関係が変化し、顎堤吸収のリスクがあるかもしれないと報告されています(文献44)。ストップもポピュラーな不溶性安定剤っですが、これは義歯床下全体をカバーするのでは無く、一部に使用するのが通常です。可溶性の安定剤は良好な維持を提供しますが、患者はクリームとパウダーよりも不溶性の安定剤を好む傾向があります。それは除去しやすさによるものと考えられます。
主観的評価
客観的な測定のほかに、患者の満足も義歯安定剤使用を正当化する重要な要因です。殆どの研究では、義歯安定剤使用経験を質問表またはVASにて調査しており、ほぼ全てでポジティブな結果が得られています。殆どの研究では安定剤使用後に有意に高い満足度が報告されています。義歯の側方移動、偏位が少なくなる事が、咀嚼時の筋疲労の減少、快適さに繋がります。下顎義歯が満足度に重要な役割を果たしているようです。全部床義歯装着者は、義歯の維持を補助するものがない場合、通常ある程度の下顎義歯への不満を感じています。上顎義歯は維持もよく安定しており、上顎に安定剤を適用しても、明確な維持や快適さの向上は感じないかもしれません。
このレビューに含まれる全ての研究において主観的な咀嚼能力は有意に向上しました。それは顎堤条件や義歯の質などは関係ありませんでした。被験者が、安定剤は義歯床下への食渣の侵入を防止し、粘膜の痛みや刺激が減るかもしれないと報告しています。加えて、患者は安定剤の使用、清掃などを簡単に行う事ができ、過度に安定剤がはみ出ることはありませんでした。発音と審美性については複合的な要因であり、有意差は認められませんでした。安定剤の味と匂いについては、多くの被験者は、問題ない、好ましいと回答しており、特に好みはありませんでした。
驚くことに、多くの被験者が適合が悪いにもかかわらず、使用中の義歯に満足していました。患者の満足度と専門家の評価には有意な相関は認められませんでした。これは、専門家の技術は患者評価のあくまで1つの側面に過ぎないということを意味しています。以前の義歯の経験と期待、術者のコミュニケーションスキルや治療過程などを含む治療経験などが、患者の満足度を決定する決定的な因子になるかもしれません。
義歯の質と床下粘膜
39の研究の内、22の研究ではよく適合した義歯、または新製義歯が対象で、8つの研究では適合が悪い義歯、または現在使用中の義歯を対象としていました。残り9つは義歯の質の制限はありませんでした。そのため、本レビューは臨床的に許容できる義歯が基本になっています。メタアナリシスの結果から、義歯安定剤の効果に関してですが、前歯部の咬合力と維持力について、新製義歯でも使用中の義歯でも、上顎でも下顎でも有意に認められましたが、特に使用中の義歯と下顎でより効果が高い結果となりました。多くの臨床家は、不適合な義歯は組織変化を隠す可能性があるため、安定剤 の禁忌とみなしています。それでも、適合の良い義歯であっても、口腔乾燥症で義歯の維持安定が満足いくレベルに到達しない患者に安定剤を勧めるのと同様に、フレイルや他の理由で新しい義歯を作れない適合の悪い義歯装着者への妥協案として勧めたほうがよいかもしれません。
ミリングで製作するデジタルデンチャーは収縮がなく、従来の加熱重合型レジンに比べて適合が向上しています。従来の義歯と対照的に、ミリングデンチャーに安定剤を使用すると維持が低下するという報告があります(文献48)。
義歯床下粘膜も臨床で考慮すべき要素です。顎堤状態によって被験者を分類した3つの研究がありますが、その結果はバラバラです。ある研究では、顎堤状態が普通の被験者では、安定剤により口腔関連QOLと同様に咀嚼能力が向上したが、下顎が吸収した症例には有効ではない、またはマイナスの影響があったと報告しています。一方で、2つの研究では、顎堤状態が普通か吸収症例で安定剤は有用であり、床下粘膜の条件が悪い場合には咀嚼により有意な改善が認められたと報告しています。
臨床的な意図
今回のシステマティックレビュー、メタアナリシスによると、義歯安定剤使用の恩恵は欠点を上回ると考えられます。義歯装着者は、たとえ適合の良い義歯を使用していても、特に維持や咀嚼能力をさらに望むのであればクリームかパウダータイプを試してみるのがよいかもしれません。欠点のリスクはそれほど大きくありません。メーカーの指示に従って使用し、常に口腔内と義歯の衛生状態が良好であれば、定期的にまたは必要に応じて使用することができます。
Limitation
1)従来の全部床義歯への安定剤使用に限定
それでも研究手法や義歯の質、顎堤状態、安定剤の種類などで研究に異質性があります。
2)クロスオーバーデザインの研究がメタアナリシスに組み込まれている
データ抽出のアプローチが、患者内のペア差を無視して全期間の測定値を単純に取り出しているおり、分析単位誤差を生じさせる可能性があります。
3)研究の質がそれほど高くない
RCTのメタアナリシス結果は、GRADE評価により質の高いエビデンスが得られると期待されます。しかし、今回のシステマティックレビューでは、すべての主要アウトカムが、含まれる研究間の異質性のために格下げされ、エビデンスの質は中程度でした。
4)適合の良い義歯のデータが多い
まとめ
義歯の維持力がアップする事は、安定剤に最も期待されているところですが、これは有意に改善するという結論になっています。維持力が改善する事により、咬合力や咀嚼能力がアップすかどうか、ということに関しては、効果はあるものの、劇的な効果ではないという結果となっています。ただし、適合がよい義歯、新製義歯でのデータが多いので、多少適合が落ちた義歯でのデータが今後必要と考えられます。ただ、適合が落ちた、というのを定義するのがなかなか難しいとは思いますが...。いっそのこと5年以上使用とかの方がよいのかもしれません。
どちらにしても義歯安定剤、特にクリームやパウダータイプはリスクが少なく効果が比較的大きいと結論づけられています。私は下顎義歯の維持がうまくとれない患者さんには安定剤(クリームタイプ)の使用を積極的に勧めることがあります。ディスキネジアなどの方が多いです。
今後はここに引用されている文献で興味があるものを読んでいく予定です。
今までに読んだ安定剤シリーズ
2022年にJPDで発表されたシステマティックレビュー その1
2022年にJPDで発表されたシステマティックレビュー その2