歯の本数とアルツハイマーは関連がある?
日本人の大規模横断研究
歯周病や残存歯数と全身状態、疾患などの関連性について現在は多くの大規模研究が発表されています。
今回は日本人における現在歯数とアルツハイマー病についての大規模な横断研究がパブリッシュされましたので、それを読んでみたいと思います。
Association between number of teeth and Alzheimer’s disease using the National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan
Midori Tsuneishi, Tatsuo Yamamoto, Takeyuki Yamaguchi, Tsuyoshi Kodama, Tamotsu Sato
PLoS One. 2021 Apr 30;16(4):e0251056. doi: 10.1371/journal.pone.0251056. eCollection 2021.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33930067/
Abstract
Associations of numbers of teeth present and of missing teeth with Alzheimer’s disease were cross-sectionally analyzed using the National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan. Dental care claims data of patients aged 60 years or older diagnosed with periodontitis (n = 4,009,345) or missing teeth (n = 662,182) were used to obtain information about the numbers of teeth present and of missing teeth, respectively, and they were combined with medical care claims data including the diagnosis of Alzheimer’s disease. Numbers of teeth present and of missing teeth excluding third molars were calculated using the dental formula in the claims for periodontitis and missing teeth, respectively, and categorized into three groups each. Percentages of subjects treated for Alzheimer’s disease with 20-28, 10-19, and 1-9 teeth present were 1.95%, 3.87%, and 6.86%, respectively, in patients diagnosed as having periodontitis, and those treated for Alzheimer’s disease with 1-13, 14-27, and 28 missing teeth were 2.67%, 5.51%, and 8.70%, respectively, in patients diagnosed as having missing teeth. Logistic regression models using treatment for Alzheimer’s disease as an outcome variable and adjusting for age and sex showed that odds ratios (95% confidence intervals) for patients with 10-19 and 1-9 teeth (reference: 20-28 teeth) were 1.11 (1.10-1.13) and 1.34 (1.32-1.37), respectively, (p<0.001), in patients diagnosed as having periodontitis, and odds ratios (95% confidence intervals) for patients with 14-27 missing teeth and 28 missing teeth (reference: 1-13 missing teeth) were 1.40 (1.36-1.44) and 1.81 (1.74-1.89), respectively, (p<0.001), in patients diagnosed as having missing teeth. In conclusion, the results of the present study using Japanese dental claims data showed that older people visiting dental offices with fewer teeth present and a greater number of missing teeth are more likely to have Alzheimer’s disease.
現在歯数、喪失歯数とアルツハイマー型認知症の関連について、日本の医療保険と特定健診のデータベースを利用して横断的に解析しました。60歳以上の歯周病罹患者4009345名、歯を喪失した者662182名を対象とし現在歯数と喪失歯数の情報を抽出しました。そしてアルツハイマー型認知症の診断を含む医科的な情報とリンクしました。第3大臼歯を除く現在歯数と喪失歯数を歯周病とMT病名から算出し、3群に分類しました。アルツハイマー型認知症で治療歴のある20本以上歯を有する群、10~19本歯を有する群、10本未満の群はそれぞれ1.95%、3.87%、6.86%でした。歯周病と診断された患者で、アルツハイマー治療歴があり1-13本欠損群、14-27本欠損群、28本欠損群はそれぞれ2.67%、5.51%、8.70%でした。喪失歯を有する患者においてアルツハイマー型認知症既往歴をアウトカムとし、年齢性別を調整したロジスティック回帰分析の結果、20-28本有している群を1とした場合に、10-19本残存群のオッズ比は1.11((95% confidence intervals1.10-1.13)、1~9本残存群では1.34(1.32-1.37)でした。歯周病罹患で欠損を有する者で1-13本欠損群を1とした場合に、14-27本欠損のオッズ比は1.40(1.36-1.44)、28本全てを失った場合のオッズ比は1.81 (1.74-1.89)となりました。結論として、日本の歯科医療保険を使用したデータでは、歯科医院を受診した高齢者で現在歯数が少なく喪失歯数が多いほど、アルツハイマー型認知症を有しやすい事が示唆されました。
ここからはいつもの通り本文を適当に要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。
緒言
高齢化社会における認知症は、世界的にも日本においても最大の健康・経済問題の一つです。認知症の患者数は、2030年には6,600万人、2050年には全世界で1億3,100万人に増加すると予測されています。認知症は、本人だけでなく、その親族やその他の介護者にも影響を与え、家族、社会、医療を含めた認知症の世界的なコストは、年間8,180億USドルと推定されています。日本では、2019年には65歳以上の高齢者の割合が約28%となり、超高齢化社会と言われています。65歳から99歳までの5年間の年齢層別の認知症有病率は、日本では5.8%~77.7%であり、近年、有病率は増加しています。高齢者の増加と認知症の有病率の上昇に伴い、歯科においても認知症の人の口腔内の問題に遭遇する可能性が高くなってきています。
多くの研究で、認知機能障害と口腔衛生状態の悪さの関係が示されています(文献4)。横断的研究では、認知機能障害と歯の欠損(文献5~8)や、むし歯(文献5,6,9)や歯周病(文献6、10)などの歯の喪失の主な原因を含む口腔衛生状態の悪さとの関連が示されています。コホート研究では、認知機能の低下がプラークの蓄積,歯周病の進行,歯の喪失といった口腔内の健康状態の悪化をもたらすことが示唆されています。一方、症例対照研究では、幼少期の歯の喪失歴が認知症の危険因子であることが提案されています(文献13、14)。さらにコホート研究では、歯の喪失が認知機能低下の危険因子であることが示唆されています(文献15~19)。これらの結果は、歯を失って歯科医院を訪れる高齢の患者が認知障害を患っている可能性を示唆しています。しかし、認知障害のある高齢者がどの程度歯科医院を訪れているのか、また、歯科医院を訪れる患者において、存在する歯の数と認知障害との間に関連性があるのかについては、ほとんど情報がありません。
日本の健康保険請求・特定健康診査データベース(NDB)は、日本国内の1億2600万人以上の人と、年間19億件の電子請求をカバーする全国行政請求データベースです。このデータベースには,医療、歯科治療、特定健診に関するほぼすべての請求データ(95%以上)が含まれており,日本の実臨床の状況を完全に把握することができます。我々は,このデータベースを用いて,歯の本数と歯科医療費,歯の本数と誤嚥性肺炎による受診との関連を報告してきました(文献21~23)。本研究の目的は,NDBを用いて歯の本数とアルツハイマー病との関連を明らかにすることでです。また、歯科医院を訪れる患者のアルツハイマー病の有病率を評価しました。
実験方法
2017年4月現在の日本の皆保険データベースからデータを抽出しています。
データベースには現在歯数のデータは含まれていないため、歯式、歯種の情報、歯周病の診断に関する情報等を元に現在歯数を算出しています。SPTやメインテナンスを含む歯周治療を受ける患者は残存する全ての歯の歯式を用いて歯周病と診断されました。NDBでは、歯周病の診断に用いる「歯1本」の情報は、歯の種類の情報を含む6桁の数字で入力されています。例えば、歯が2本の場合は12桁、28本の場合は168桁の数値となります。歯式のデータを用いて、その桁数を数え、歯の本数を推定しました。以前の研究でこの妥当性は報告しています。
歯周病を有する60歳以上の患者4009345名と歯の喪失が認められる(MT病名のある?)患者662192名を確認し、アルツハイマー型認知症(初老期アルツハイマー型認知症、アルツハイマー型認知症、非定型アルツハイマー型認知症、老人性アルツハイマー型認知症)と診断された患者の医療情報と結合されました。歯周病のデータを複数有する患者に関しては、残存歯数が最も多いデータを使用しました。欠損歯のデータを複数有する患者に関しては欠損歯数が最も多いデータを使用しました。
統計解析
第3大臼歯を除く現在歯数、喪失歯数を算出しました。残存歯数の分布が偏っていたため、1~9本、10~19本、20本以上の3つの群に分類しました。同様に喪失歯数も1~13本、14~27本、28本喪失の3群に分類しました。
アルツハイマー型認知症の治療を1回でも受けたことがある被験者を性別、年齢階層、残存歯数群、喪失歯数群により分類して割合を算出しχ2検定を行いました。アルツハイマー型認知症をアウトカムとしたオッズ比を20本以上歯がある群を基準とし、年齢性別を調整したロジスティック回帰分析にて算出しました。また、同様にオッズ比を1-13本喪失群とした場合のオッズ比を算出しました。有意水準は5%としました。
結果
歯周病という病名がついた人の3.0%、喪失歯の病名がついた人の3.7%にアルツハイマー型認知症の病名を認めました。
歯周病を有する患者では、女性、高齢、残存歯が少ない人に有意にアルツハイマー型認知症との関連を認めました。特に85歳以上の16.4%、1~9本残存の6.9%にアルツハイマー型認知症を認めました。
喪失歯数による分類では、女性、高齢者、喪失歯数が多い人に有意にアルツハイマー型認知症との関連を認めました。85歳以上の13.0%、無歯顎者の8.7%にアルツハイマー型を認めました。
歯周病病名のついた患者において、アルツハイマー型認知症を従属変数、性別、年齢、現在歯数を独立変数としたロジスティック回帰分析を行いました。
20本以上残存している群を1とした場合、オッズ比は10~19本残存で1.11(1.10~1.13)、1~9本残存で1.34(1.32~1.37)となり有意差を認めました。また60~64歳と比較して75歳以上の群は高いオッズ比を認めました。
喪失歯病名のついた患者において、アルツハイマー型認知症を従属変数、性別、年齢、喪失歯数を独立変数としたロジスティック回帰分析を行いました。
1-13本喪失群を1とした場合、オッズ比は14~27本欠損で1.40(1.36~1.44)、28本欠損で1.81(1.74~1.89)となり有意差を認めました。この場合も60~64歳と比較して75歳以上の群は高いオッズ比を認めました。
考察
約470万人のNDBデータを用いた今回の横断研究の結果、性別と年齢を調整した後、歯医者を訪れる患者のうち、存在する歯の数が少なく、欠損している歯の数が多い人ほど、アルツハイマー型認知症に罹患している可能性が高いことが示されました。本研究の結果は、1万人未満の一般被験者のデータを用いた先行研究の結果と一致しており,認知機能障害が歯の喪失の危険因子であり,その逆もまた同様であることが示唆されました(文献5~19)。NDBデータの性質上、本研究では、性別と年齢以外の可能性のある交絡因子を調整していません。しかし、今回の研究では、歯科医院に来院している患者において、高齢、女性、歯数の少なさが,アルツハイマー型認知症であることと独立して関連していることが明らかになりました。これらの結果は、歯科医師と医療従事者の双方にとって、アルツハイマー型認知症患者の歯科受診の現状を理解するための有益な情報を与えてくれます。
歯の喪失とアルツハイマー型認知症の関連性のメカニズムはまだ明らかになっていませんが、いくつかの可能性が提案されています。第一に、アルツハイマー型認知症は口腔衛生対策における認知力や器用さを低下させ、口腔衛生状態の悪さが歯周病や虫歯のリスクを高め、その結果、歯の喪失につながる可能性があります。次に、歯の喪失は、咀嚼力の低下を通じてアルツハイマー型認知症のリスクを高める可能性があります(文献13-19)。咀嚼による脳への刺激が減少することで、脳の認知領域の変性が起こります(文献27)。また,咀嚼能力が低下すると,生野菜などの摂取量が減少し,栄養不足(ビタミンなど)が生じることが予想されます(文献28)。ビタミンなどの栄養素の不足は,認知症発症の危険因子であることから,これらの栄養素が関与する経路も考えられます(文献29)。さらに、歯の喪失とアルツハイマー病の両方のリスクを高める要因として、教育水準、収入、喫煙、糖尿病などが考えられます(文献30、 31)。
60歳代のアルツハイマー型認知症有病率は0.2~0.4%で、年齢とともに上昇し、85歳以上では12~16%となっています。日本の全国調査では、65歳以上の認知症の平均有病率は15.8%(95%CI:12.4-22.2)と報告されており(文献32)、アルツハイマー型認知症が65.8%を占め、認知症の主流であることが確認されています。データから推定されたアルツハイマー型認知症の割合(10.4%)は,今回の研究におけるアルツハイマー病の有病率(歯周炎と歯の欠損があると診断された被験者でそれぞれ3.0%と3.7%)よりも高い。本研究コホートにおけるアルツハイマー病の有病率が低かったのは、重度の認知障害を持つ患者さんに歯科治療を行うことが困難であることや、重度の認知障害を持つ患者さんに口腔疾患の自覚症状がないことなど、いくつかの要因が考えられます。
Limitation
本研究の最大の強みは,歯周炎と歯の欠損が診断された日本人高齢者の9.6%と1.6%をカバーした大規模なサンプルサイズであることですが、いくつかの限界があります。まず、本研究のコホートは、歯科医院を訪れた患者で構成されており、健康な歯と歯周組織を持つ患者は含まれていません。そのため、本研究の結果を日本の高齢者に一般化することはできません。例えば中等度・重度のアルツハイマー病患者は,歯科医院を訪れない可能性があります。第二に,歯の存在数と欠損数は,歯式から算出しています。特に、ブリッジの計算式には欠損歯と支台歯が含まれるため、欠損歯の数には支台歯も含まれます。そのため,欠損歯数が比較的少ない場合の欠損歯数は,過大評価される可能性があります。この限界を最小限にするために,欠損歯数を1~13,14~27,28の3つのグループに分類しました。第三に歯周炎の重症度はNDBに含まれていないため不明です。最後に社会経済的要因を含む可能性のある交絡因子は、NDBに含まれていなかったため、ロジスティック回帰モデルには含まれていません。
まとめ
400万人を超えるデータを使用しており、さすがにオッズ比の95%信頼領域の幅もかなり精度が高い雰囲気を感じさせます。
横断研究である以上、歯が少ないことがアルツハイマー型認知症のリスクとなりうるかどうかは明確ではありません。本文にあるように「今回の横断研究の結果、性別と年齢を調整した後、歯医者を訪れる患者のうち、存在する歯の数が少なく、欠損している歯の数が多い人ほど、アルツハイマー型認知症に罹患している可能性が高いことが示されました。」これが、この研究で言える事かと思います。
また、limitationにあるようにあくまで保険病名から取ってきているため、実態と乖離している可能性があること、また他の社会経済的な交絡が含まれていません。他にもっと重要な因子がある可能性はあるでしょう。歯科は特にとりあえず検査するためにもP病名付ける事が多いですからね。残根上義歯のような場合はどう出力されているんでしょうか?
考察で書いてあるような因果関係を考えるなら縦断でアルツハイマー型認知症発症を口腔内の状況を定期的に検査しながら追うとかそういう形にしないといけないと思いますが、他の交絡を相当数調整する必要が出てきますので、実験の難易度はかなり高いでしょう。
しかし、それでも日本人のデータを400万人以上使い、こういった結果が出たのは興味深い所ではあります。