口腔乾燥と義歯安定剤
義歯ケア学会の論文に到達
私も所属しています日本義歯ケア学会は義歯のケアとキュアに特化した研究をマルチセンターでやっています。特にエビデンスに乏しい安定剤について共同研究して論文をいくつか出しています。ついにその論文の1つに到達です。JPRはオープンジャーナル化しましたので、ダウンロードフリーです。
Effect of denture adhesives on oral moisture: A multicenter randomized controlled trial
Yasuhiro Nishi, Taro Nomura Mamoru Murakami Yasuhiko Kawai Masahiro Nishimura Hisatomo Kondo Yoshihiko Ito, Akito Tsuboi , Guang Hong , Suguru Kimoto , Atsuko Gunji , Asako Suzuki , Gaku Ohwada , Shunsuke Minakuchi , Yusuke Sato , Tetsuya Suzuki, Katsuhiko Kimoto , Noriyuki Hoshi , Makiko Saita , Yoshikazu Yoneyama , Yohei Sato , Masakazu Morokuma , Joji Okazaki , Takeshi Maeda , Kenichiro Nakai , Tetsuo Ichikawa , Kan Nagao , Keiko Fujimoto , Hiroshi Murata , Tadafumi Kurogi , Kazuhiro Yoshida , Toshio Hosoi , Taizo Hamada
J Prosthodont Res. 2020 Jul;64(3):281-288.
PMID: 31501069
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31501069/
Jstage(オープン) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpr/64/3/64_281/_article/-char/ja/
Abstract
Purpose: The purpose of this study was to investigate the effect of denture adhesives on oral moisture in a 10-center parallel randomized clinical trial.
Methods: Two hundred edentulous subjects wearing complete dentures were allocated into three groups: cream-type adhesive, powder-type adhesive and control groups. The adhesives (and saline solution in the control group) were applied to the mucosal surface of the dentures for 4 days, and baseline data and data after the intervention for eight meals over 4 days were obtained. For the main outcome, oral moisture was measured with a moisture checking device. Secondary outcomes were denture satisfaction, masticatory performance, denture retention, and occlusal force. In addition to between-group and within-group comparisons of oral moisture, investigations for secondary outcomes were undertaken in subgroups classified according to the degree of oral moisture at baseline (normal subgroup and dry mouth subgroup). Intention-to-treat analysis was also performed.
Results: Between-group and within-group comparisons of oral moisture showed no significant differences. The cream-type and powder-type denture adhesives were significantly effective in the dry mouth group for denture satisfaction ratings of ability to masticate, stability, retention, and comfort of mandibular dentures (p<0.05). The masticatory performance and retentive force of the dry mouth denture adhesive using groups were significantly improved after intervention (p<0.05).
Conclusions: The oral moisture of complete denture wearers was not influenced by the use of denture adhesives. Our findings showed that denture adhesives improved subjective denture satisfaction, masticatory performance, and retention for complete denture patients with oral dryness.
目的:本研究の目的は口腔の湿潤度による義歯安定剤の効果を10センターランダム化比較試験で検討する事です。
方法:200名の無歯顎全部床義歯装着者を、クリームタイプ、パウダータイプ、コントロールの3つの群にわけました。義歯安定剤(コントロール群には生理食塩水)を義歯粘膜面に4日間使用させました。ベースラインデータと4日間8食の介入データを採取しました。メインアウトカムのために、口腔湿潤度を計測しました。副次的アウトカムを義歯の満足度、咀嚼能力、維持力、咬合力としました。口腔湿潤度の群間、群内比較に加えて、ベースライン時の湿潤度に応じたサブグループ(正常、ドライマウスサブグループ)を設定し調査しました。また、intention-to-treat解析も行いました。
結果:口腔湿潤度に関して群間、群内比較では有意差は認められませんでした。ドライマウスグループでは、義歯安定剤は満足度、咀嚼能力、安定性、維持、下顎義歯の快適性などにおいて有意に効果的でした。ドライマウスグループにおいて、義歯安定剤により咀嚼能率と維持力は有意に改善しました。
結論:義歯装着者の口腔湿潤度は安定剤の使用により影響を受けません。安定剤は、口腔乾燥を伴う全部床義歯装着者の主観的な満足度、咀嚼能率、義歯の維持力を向上させます。
ここからはいつもの通り本文を適当に抽出して意訳要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。
緒言
日本では75歳以上の高齢者が増加しており、全身疾患に対する薬剤を投与される機会も増えています。喪失歯数は加齢により増加し、時に顎堤の高度吸収、唾液量の減少、薬剤関連の口腔乾燥などが認められます。顎堤吸収と口腔乾燥により維持安定が損なわれ、全部床義歯の機能低下が起こります。これは義歯装着者にとっては悲しい事で、社会活動を控えるようになったり、QOLの低下を招くかもしれません。日本では、このような患者は調整が必要にも関わらず義歯安定剤の使用で対応しようとします。日本人歯科医師の多くは義歯安定剤の使用について満足に教育されていません。それは研究がしっかり行われておらず、ガイドラインがないからです。
Feltonらは、20本の論文をレビューし、適合の良い義歯への安定剤の使用は、維持、安定、偏位、口腔関連QOLを改善すると結論づけています。しかし、エビデンス、特に咀嚼機能の改善については限定的です。
安定剤の接着力は湿潤などの口腔内の状態に影響されます。安定剤は唾液を吸収して粘性と弾性を得るためです。市販されている安定剤の接着力を評価したin vitroでの研究において、重ね剪断試験、引張り試験、内部相互作用の結果、接着強度が最も低いのは唾液分泌量低下による凝集破壊であることが示唆されました。対照的に、in vivoでは糊の形状をした安定剤が口腔乾燥症患者の上顎全部床義歯の平均維持力を改善したという報告があります。
そのため、口腔乾燥に対する義歯安定剤の効果を評価し、全部床義歯を装着した日本人患者のための義歯安定剤のガイドライン拡充を目的として、マルチセンターランダム化比較試験が日本で行われました。本研究は10施設で行われました。本研究では、全部床義歯装着者を対象に、口腔の湿潤が安定剤塗布に与える影響と、口腔湿潤の程度が安定剤に与える影響について報告します。
実験方法
実験方法のプロトコルの詳細はKimotoらによって報告されています(文献4)。
被験者
(1)完全無歯顎患者
(2)新しい義歯を作りたい
(3)リコールで義歯の調整のために来院
主訴のタイプについては問わない
除外基準
(1)90歳以上
(2)深刻な全身疾患があり、研究に参加が難しい
(3)研究で使用する質問表が理解出来ない、返答できない
(4)金属床義歯装着
(5)安定剤を日常的に使用している
(6)顎補綴
(7)粘膜調整材使用
(8)深刻な口腔乾燥(口腔湿潤度20以下)
介入
本研究の介入は、4日連続で上下全部床義歯に安定剤、または生理食塩水のどれかを使用するものです。安定剤は、パウダータイプとクリームタイプの2種類(両方ともポリグリップ)で、コントロールは生理食塩水20mlです。パウダータイプ、クリームタイプ、生理食塩水、共に使用時の指導を行っています(詳しく書いてありますが、今回は割愛します)。
デザインとスケジュール
10施設によるランダム化比較試験が行われました。各施設にコーディネーターと評価者を配置し、コーディネーターが被験者と評価者のランダム配置やスケジュールを管理しました。評価者にはグループの配置などの情報を一切伝えずに評価のみ行わせました。
デイ0:コーディネーターが施設に来た全部床義歯装着者にインタビューし、参加できるかどうか、除外基準にあてはまらないかなどを確認。被験者として問題なければ、ランダムに3群のどれかに振り分け。
デイ1~4:午後に評価者がベースライン評価。コーディネーターが安定剤などの使用方法をレクチャー。クリームタイプ群は1日1回朝食前に塗布。コントロール群は毎食前に生理食塩水を塗布。パウダータイプは朝と晩ご飯前に塗布。維持力不足を感じた場合は追加で塗布を許可。新しく安定剤を塗布する前と就寝前に安定剤を除去する方法をレクチャー。デイ1は夕食から安定剤を使用。デイ2、デイ3は終日、デイ4は朝食前に使用してから来院→午前に4日間8食介入後の最終評価
ランダム化とブラインド化
10施設、300枚のランダム配置用カードを作成。1施設30枚ずつ配付。コーディネーターが管理。評価者は被験者がどのグループかはわからないのでブラインド化できています。ただし、被験者はどのタイプの安定剤を使用しているかは分かりますのでブラインド化できていません。
アウトカム
主なアウトカム:デイ0とデイ4に口腔湿潤度をムーカスにて測定。湿潤度の群内、群間比較も行いました。
主観的な副次的アウトカム:VAS法による義歯満足度(全体的な満足度、咀嚼能力、発音、清掃しやすさ、維持、安定、快適さ、審美の8項目)
客観的な副次的アウトカム:咀嚼能力(色変わりガム+色測定)、偏位への抵抗(前歯部での最大咬合力をオクルーザルフォースメーターで測定)、咬合力(左右第1大臼歯部での咬合力をオクルーザルフォースメーターで両側性に測定)
データ解析
すべてのデータについて、Intention-to-treat(ITT)解析。ITT解析では、脱落や未記録の結果欠落した値は、得られた他のデータから平均値や中央値を代入することで補完。ベースライン評価を受けた 200 名のデータが解析対象
口腔湿潤度の程度によるアウトカムの違いを評価するために、被験者を正常群とドライマウス群の2つのサブグループに分類。Fukushimaの基準に基づき、口腔湿潤度が28以上を正常、27.9以下をドライマウスと分類
一元配置分散分析、Kruskal-Wallis検定、χ2検定が被験者の特性、サブグループ分類の解析に用いられました。群間比較には、Kruskal-Wallis検定とBonferroni補正したMann-Whitney U検定、一元配置分散分析を用いました。介入前後の群内比較では、Wilcoxonの符号順位検定とBonferroni補正した対応のあるt検定を用いました。
結果
被験者
2013年9月からリクルートをスタートし、2016年10月に終了しました。被験者選択のフローは図1の通りです。471名から271名が除外され、200名がランダムに振り分けられました。本来なら300名の被験者を想定していましたが、200 名を募集したところ、主観的アウトカムである満足度の変化量の 95%信頼区間が期待値である Visual analog scale の 29mm に満たなかったため、募集を早期に終了しました。
被験者の特性とベースライン時のアウトカムの群間比較を表1に示します。有意差は全ての項目で認められず、ランダム化が効果的であったことが示唆されました。
口腔湿潤度
ベースラインと介入後の口腔湿潤度について図2に示します。また、ベースライン時の口腔湿潤度は表1の通りであり、各群間で有意差を認めませんでした。介入後もベースライン時と同様に群間に有意差を認めませんでした。加えて、各群の介入前、介入後の比較においても有意差を認めませんでした。
口腔湿潤度による分類
湿潤度により2つのサブグループに分けました。それぞれの人数を表2に示します。人数、性別に関してサブグループ間で有意差を認めませんでした。
湿潤度、咀嚼能力、維持力、咬合力のベースライン時における群間比較を表3に示します。ベースライン時では、全ての項目においてサブグループ間で有意差を認めませんでした。そのため、介入後の各群間の差を比較する事が可能でした。加えて、同じ義歯安定剤使用群をサブグループで比較した際、ドライマウス群の維持力は正常群よりも小さく、パウダータイプ群と全体で有意差を認めました。
口腔湿潤度の分類によるアウトカムの比較
ベースラインと介入後の主観的な評価の群内変化を表4に示します。湿潤度正常サブグループでは、全ての項目で有意差を認めませんでした。対照的にドライマウスサブグループでは、義歯の満足度が安定剤使用で改善する傾向が認められました。有意に改善が認められたのは、咀嚼能力、安定、維持、パウダータイプにおける上下顎義歯の快適さ、クリームタイプにおける下顎義歯の快適さでした。
ベースラインと介入後の客観的な咀嚼能力(色変わりガム)のグループ内比較を図3に示します。湿潤度正常サブグループでは、全ての群において介入前後で有意差を認めませんでした。一方で、ドライマウスサブグループでは、全ての群で介入後に有意な改善を認めました。
ベースラインと介入後の維持力のグループ内比較を図4に示します。湿潤度正常サブグループでは、全ての群において介入前後で有意差を認めませんでした。しかし、ドライマウスサブグループでは、クリームタイプ群において介入後に有意に改善が認められました。咬合力に関しては全てのサブグループの全ての群で有意差を認められました。
考察(全部は訳していません)
本研究は評価者に関してはブラインドされていますが、被験者は使用している材料が何かわかるので、ブラインドされていません。しかし、被験者は基本的に安定剤を使用していない人達をリクルートしたため、安定剤の知識や経験は乏しかったと考えられます。そのため、大きなバイアスにはなかったようです。
Feltonらは20論文、Papadiochouらは33論文をレビューし、安定剤は維持、安定、偏位、咬合力、テストフードの咀嚼能力、摂食時の咬合、口腔関連QOL、患者満足度が改善すると結論づけました。しかし、彼らは口腔乾燥のような口腔内の状況を考慮していません。なぜなら、そのような口腔内の状況について利用可能な論文が殆どないからです。一般的にドライマウスの患者さんは安定剤によりさらに口腔内の水分が奪われてしまうと考えられます。加えて、口腔乾燥症の患者さんでは、安定剤の常用により真菌や細菌が増殖して口腔内細菌叢のバランスが崩れるという弊害が報告されています。しかし、今までドライマウス患者における安定剤の効果について充分に検討されてきませんでした。Boguckiらは、最近パブリッシュした論文で、口腔乾燥症の上顎全部床義歯装着者において、安定剤が平均維持力と維持に関する満足度に良い影響を与えることを確認しています。
本研究では2つの疑問を調査しました。義歯安定剤の使用は口腔湿潤度に影響するか、と、口腔湿潤の程度によって他のアウトカムが影響を受けるか、です。安定剤使用によって口腔湿潤度が変化しなかったのは当然のことだと考えられます。しかし、サブグループの比較では、ドライマウスの全部床義歯装着者では維持力が小さく、安定剤の効果が認められました。以前の我々のランダム化比較試験では、安定剤は一般的な満足度を改善しませんでした(文献25)が、本研究では、正常サブグループでは改善しなかったものの、ドライマウスサブグループの咀嚼能力、安定、維持、下顎義歯の快適さでは改善を認めました。Boguchkらは、口腔乾燥症を伴う上顎全部床義歯患者において、糊タイプの安定剤の使用による維持の主観的改善を報告しましたが、本研究では、ドライマウスサブグループのクリームタイプ、パウダータイプ群で上顎、下顎全部床義歯両方の満足度に主観的な改善を認めました(表4の結果参照)。ドライマウスサブグループのパウダータイプ群は元々のベースラインの満足度が低かった事が、介入後の満足度の上昇に影響したかのように見えます。しかし、ベースライン時の満足度は各サブグループにおける群間で有意差はありませんでした。そのため、ドライマウスサブグループのパウダータイプ群における満足度の上昇はベースラインの違いに基づくものではなく、口腔乾燥の結果であると言えます。対照的に、口腔湿潤度正常サブグループの患者は適切な湿潤度を有するために、ドライマウスサブグループほどの安定剤の効果を得られていません。ドライマウスサブグループの咀嚼能力はパウダータイプ、クリームタイプばかりではなく、コントロール群でも介入後に有意に改善しました。コントロール群で有意に改善した明確な理由はありませんが、生理食塩水が口腔乾燥に良い影響をした可能性があります。さらに、ドライマウスサブグループのクリームタイプのみで有意に維持力が改善しました。パウダータイプでなぜ維持力が改善しなかったのかがよくわかりません。ドライマウスサブグループでのパウダータイプの使用は、口腔乾燥症患者の義歯の維持力に対する糊状の安定剤の効果を検討したBoguckiらも指摘しているように、水分が不十分であった可能性はあります。
ジェルタイプの保湿剤の粘性に関する最近の研究では、義歯安定剤と同等の維持力を有するかもしれないと報告しています(文献26~28)。この発見により、ジェルタイプの保湿剤が口腔乾燥を有する患者の安定剤として使用される可能性が示唆されました。日本では、新しく開発された口腔乾燥を有する患者用の安定剤の物性がin vitroで評価されてきました。この製品は市販されており、近い将来検証する必要があるでしょう。
結論
本研究から、全部床義歯装着者の口腔湿潤度は、義歯安定剤を使用しても影響を受けない事がわかりました。口腔乾燥がある患者の義歯の維持力は小さく、安定剤により口腔乾燥を伴う患者の主観的な満足度、客観的な咀嚼能力、維持力の改善が認められました。
まとめ
クリームタイプもパウダータイプも唾液と混ざり合うことで、粘着性や密着性を得る事がわかっています。そのため、口腔湿潤度が下がる可能性について検討したわけですが、安定剤を使用しても湿潤度が有意に低下するようなことはありませんでした。安定剤を使用することはそこまで口の中の乾燥度に影響を与えない、ということみたいですね。
口腔乾燥が進んでいる患者にパウダータイプは水分量が足りない可能性がある、というのは感覚的に理解出来る感じです。
正常な口腔湿潤度を有する場合安定剤を使ってもあまり効果が無い、というのは他の研究とかなり異なる知見なので面白いです。ただし、この1本だけで結論づけられるほど小さな問題ではありません。
また、口腔乾燥を有する場合、生理食塩水でも咀嚼能力が向上しています。生理食塩水による保湿効果が、朝食前に塗って朝食を食べてそこから病院に来て測定するまで続くとも思えませんが、一体何の効果があったというのでしょうか。
疑問なのが、表3なのですが、クリームタイプ群の維持力や咬合力が他の2群と比べて有意差はないとのことですが、かなり低いように思います。理由が記載されていないのでなんとも言えませんが気になります。