普通の歯科医師なのか違うのか

義歯安定剤は全部床義歯の維持安定、主観的評価を向上する

 
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5代目歯科医師(高知市開業)
東京医科歯科大学卒業(47期)
同大学院修了
【非常勤講師】
徳島大学
岩手医科大学

義歯安定剤第2弾

前回は義歯安定剤の使用が咀嚼能率に与える影響についてのシステマティックレビューを読みました。今回も引き続き今年JPDに掲載された義歯安定剤に関するシステマティックレビューを読んでいきたいと思います。ちなみに前回もブラジルで今回もブラジルなんですよね。同じグループかな?と思って調べたのですが、大学が全然違いますね。

Does the use of an adhesive improve conventional complete dentures? A systematic review of randomized controlled trials
Cleidiel Aparecido Araujo Lemos , Adriana da Fonte Porto Carreiro , Cleber Davi Del Rei Daltro Rosa , Jéssica Marcela Luna Gomes , João Pedro Justino de Oliveira Limirio , Gustavo Mendonça , Eduardo Piza Pellizzer
 
J Prosthet Dent. 2022 Aug;128(2):150-157.
PMID: 33551134

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33551134/

Abstract

Statement of problem: A consensus on whether the use of a complete-denture adhesive provides a clinical benefit remains unclear.

Purpose: The purpose of this systematic review of randomized controlled trials was to evaluate the use of adhesive in complete dentures in terms of retention and stability, patient-reported outcomes measures, and masticatory performance.

Material and methods: A search was performed in PubMed, Web of Science, and Cochrane Library for articles up to October 2020. The Cochrane collaboration tool was used to analyze the risk of bias. The grading quality of evidence and strength of recommendations (GRADE) tool was used to assess the certainty of the evidence.

Results: Thirteen studies were included with a total of 516 participants with a mean age of 65.5 years. Most studies reported a significant improvement in the retention and stability, patient-reported outcomes measures, and masticatory performance of complete dentures with the use of denture adhesive compared with no-denture adhesive. Newly developed denture adhesives were reported to have promising results. Most studies presented a low risk of bias, but the certainty of the evidence was classified as low to moderate.

Conclusions: Participants had improved treatment outcomes when using denture adhesives because they significantly improve the retention and stability, patient-reported outcomes measures, and masticatory performance. However, further high-quality studies are needed to confirm these results with newly developed denture adhesives.

問題提起:義歯安定剤の使用が臨床的な有益かどうかに関してのコンセンサスはまだ得られていません。

目的:義歯安定剤が全部床義歯の維持安定に与える影響を評価するためにRCTのシステマティックレビューを行いました。

実験方法:PubMed、Web of Science、Cochrane Libraryで2020年10月まで検索を行いました。The Cochrane collaboration toolをバイアスリスク解析のために使用しました。GRADEを使用してエビデンスの確かさを評価しました。

結果:採用された13の研究を総合すると、被験者は516名(平均年齢65.5歳)でした。殆どの研究で、維持安定、主観的な評価、咀嚼能率において義歯安定剤使用と非使用を比較すると、使用した場合に有意な改善が認められました。新規開発された義歯安定剤は期待できる結果でした。殆どの研究ではバイアスリスクは低かったものの、エビデンスの確かさについては低~中等度の評価となりました。

結論:義歯安定剤の使用により維持安定、主観的な評価、咀嚼能率が有意に改善した事から、治療のアウトカムも改善しました。しかし、新規開発された義歯安定剤を用いた質の高い研究が更に必要です。

ここからはいつもの通り本文を適当に抽出して要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。

緒言の一部

通常の全部床義歯治療は、無歯顎患者に頻繁に行われています。全部床義歯患者は、通常この治療法に満足していますが、中には適応するのが困難な者もおり、特に維持安定が損なわれた時に咀嚼効率が低下します。維持安定の悪い全部床義歯は満足度とQOLに負の影響を与えます。

維持安定は、義歯床縁の延長、軟組織、硬組織の解剖学的変化、唾液の減少、神経筋コントロールの不安定化などにより影響を受けます。そのようなシチュエーションでは、義歯安定剤の使用は、適合性の向上による維持安定の改善が見込めるかもしれません。また、義歯安定剤は治療への適応が困難な患者さんをサポートするための心理的な手段としても使用することができます。

義歯安定剤は、主に親水性のポリマーで構成され、粉末、クリーム、テープなどの形状をしています。唾液と接触することで膨張し、口腔粘膜上の糖タンパクと結合します。粘性層が形成され、口腔粘膜と義歯間の粘着、密着性を向上させ、空隙をなくし、食物侵入を阻害します。義歯安定剤は、適合が悪い、または良い義歯の維持安定を改善するかもしれません。しかし、よい側面以外では、歯科医師や患者には義歯安定剤の推薦や使用に抵抗する人達がいます。彼らは義歯安定剤を使用するような義歯は失敗作である信じています。

全部床義歯の義歯安定剤の使用による利点についてのコンセンサスはまだありません。そのため、本システマティックレビューでは、従来型の全部床義歯に義歯安定剤を使用した影響についてのランダム化比較試験を調査することを目的としました。本研究の仮説は義歯安定剤の使用は、義歯の維持安定に影響を与えず、主観的な評価も改善せず、咀嚼能率も改善しない、としました。

実験方法

本レビューはPRISMAに基づいて行われました。さらにその方法を国際システマティックレビューの前向き登録(PROSPERO-CRD42020183857)にて登録しました。

文献の選択についてはPICOを用いて行っています。
クエスチョンは「従来型の全部床義歯への義歯安定剤の使用をしても、使用していない群と比較して維持安定や主観的評価、咀嚼能率は変化しない?」としました。

全部床義歯装着者の年齢に関しては制限せず、義歯安定剤の使用、非使用で比較を行っており、メインのアウトカムとして義歯の維持安定、二次的なアウトカムとして患者の主観的評価、咀嚼能率を用いているランダム化比較試験を対象としました。被験者は1群10名以上と限定しました。

検索したデータベース:MEDLINE/PubMed、Embase,、Web of Science、 Cochrane Library databases
他にもハンドサーチあり

バイアスリスクの判定:Cochrane collaboration tool
研究の質の判定:GRADE

結果

3107本の論文から、タイトルとアブストを評価したところ42本の論文が抽出されました。全文を検討した結果、29本が除外され、13本が該当となりました。

同じ患者群を異なる論文で報告しているものがあったため、13本中9本が独立した論文と考えられました。殆どがクロスオーバーRCTで、1本だけクロスオーバーではないマルチセンターでした。トータルの被験者数は516名で平均年齢65.54歳(51.41~76.6歳)、女性の方が多い状況でした。多くの研究では、義歯安定剤を上下義歯に使用していましたが、3つの研究では上顎のみに使用して評価していました。新製した適合のよい義歯で評価しているものもあれば、予後良好で最低でも中等度の適合であったものを術者がより分けているものもありました。

全ての研究でクリームタイプの安定剤が検討されていましたが、パウダーやテープタイプも合わせて検討したものもありました。各研究によって異なる製品が使用されていました。4つの研究では、異なるテスト用の安定剤が評価されていました。新しく開発された義歯用接着剤は、有望な結果をもたらすと報告されました。

義歯の維持安定の評価方法は論文により様々で、前歯部での咬合力、最大咬合力、義歯が偏位するまでの咬合力などで評価されていました。Kapur index scaleはスコアで維持安定を評価するために用いられました。ある研究では、義歯の偏位を評価するためにgnathometerとdynamometerを用いていました。

維持安定に関しては、多くの研究で安定剤の種類に関係なく、安定剤使用群では安定剤未使用群と比較して有意に改善したと報告しています。Nishiらは口腔乾燥を伴う被験者ではクリームタイプのみ維持力が増加したと報告しています(文献16)。対照的に、ある研究では未使用群と比較してどのタイプの安定剤(テスト用と販売されている商品)でも上顎義歯の偏位において有意差を認めなかったと報告しています。他の研究では、上顎義歯の偏位時の前歯部咬合力において、テスト用の安定剤は有意差が無かったと報告しています。

満足度とQOLの評価についても色々な方法が使用されています。OHIP-Edent-J、質問表、VASなどが用いられています。多くの研究で、主観的なパラメーター、満足度は義歯安定剤の使用で有意に向上しました。Nishiらは口腔乾燥を有する患者のみで向上したと報告しています。Ohwadaらは、満足度とOHIP-Edent-Jのスコアは安定剤使用で改善しなかったものの、硬い物が食べられるようになった事を観察しています(文献17)。同じグループの他の研究では、Itoらは安定剤と生理食塩水群では有意差がなかったものの、顎堤吸収が高度な患者では、クリームタイプの使用でOHIP-Edent-Jが改善したと報告しています。

4つの研究では、異なるタイプの安定剤を評価するための質問表が使用されました。これらの研究では、味、感覚、テクスチャー、義歯のフィット感、快適さなどの主要項目において、安定剤の種類では有意差を認めませんでした。

3つの研究のみで咀嚼能率について評価が行われていました。2つは篩分法で、1つはガムを用いていました。2つの研究では安定剤使用で有意に咀嚼能率が上昇しましたが、Nishiらの報告では口腔乾燥を伴う被験者でのみ有意に上昇しました。

バイアスリクの評価で明らかになったのは、セレクションバイアスでは今回の研究の殆どはリスクは低いと評価されましたが、同じ著者グループの異なる論文2つで不確かという評価になりました。パフォーマンスバイアスでは、多くの論文はリスクが高い、または不確かという評価になりました。これは義歯安定剤の使用をブラインドするのが難しい事が原因と考えられます。その他のバイアスリスクが高い論文がありますが、これは著者がGSKに雇用されているのが理由です。

エビデンスの質に関しては、義歯の維持安定に関しては低い、主観的な評価、咀嚼能率に関しては中等度という評価になりました。評価が低い理由として研究の異質性とバイアスリスクが挙げられます。

考察の一部

当初の仮説である義歯安定剤は維持安定に影響しない、は否定されました。義歯安定剤により義歯粘膜面と接する唾液の粘性が向上し密着性と粘着性が最適化される、言い換えると維持安定が向上する、と説明出来るかもしれません。今回抽出した研究の殆どで、安定剤の使用で維持安定が向上しましたが、ある研究のみ義歯安定剤の影響を認めませんでした。これは上顎全部床義歯の偏位時における前歯部の咬合力を計測した研究です。著者らは、これほど小さな効果を検出するためには、この研究は潜在的に検出力不足であることを示唆しました。言及されてはいませんが、別の要因が寄与している可能性もあります。上顎義歯のみを検討しているため、下顎と異なり安定剤なしでも維持安定が良好であった事が寄与しているかもしれません。

Nishiらは、口腔乾燥を伴う被験者において、クリームタイプのみが有意に維持力が向上したと報告しています。口腔乾燥状態では水分が不足しており、パウダータイプが口腔内の湿潤度をさらに低下させるため、維持が改善しなかったとも述べています。これらの結果は、クリームタイプは唾液による溶出が少なく、強力で長期間効果が持続するというBoguckiらの報告からも支持されます。しかし、どちらの研究も、同じ参加者における異なる種類の接着剤の効果を評価するための横断的なデザインを使用していません。口腔乾燥症患者への義歯安定剤の効果に関しては、今後更なる研究が必要です。

義歯安定剤の維持効果の持続時間ですが、安定剤のタイプにより3~12時間とバラバラでコンセンサスはありません。ある研究では、10時間を越えることはありませんでした。今回抽出した研究のいくつかでは、12時間を越えて観察しているものがあり、義歯安定剤を適用してすぐに測定した値と比較しても義歯偏位時の前歯部の咬合力は充分高い値が維持されていました。これらは全てクリームタイプでの結果であり、今後パウダータイプの持続時間を検討する必要があります。

安定剤の使用によって患者の主観的な評価は変化しない、という2つ目の仮説も否定されました。異なる測定法で計測された満足度は、維持安定、咀嚼能力、発音、清掃性の容易さ、快適性、審美性、食渣の付着性などに関連します。これは、維持安定の増加と相関するかもしれません。なぜなら、患者の全部床義歯使用への信頼性を高め、結果的に治療の満足度に影響を与えるからです。1つの研究のみ、安定剤が満足度とQOLに影響を与えない結果となりました。これは、新義歯、旧義歯どちらの使用でも被験者として含めた、短期間のフォローアップ、クロスセクションではない研究デザインなどの、異なる要素により説明できるかもしれません。同じ被験者群を使用した他の研究では、正常な口腔湿潤状態の被験者では安定剤使用による満足度、QOLに有意差を認めませんでしたが、口腔乾燥を有する被験者では満足度、QOLの上昇を認めました。加えて、同じ被験者群を使用したさらに別の研究では、クリームタイプを顎堤吸収が進んだ被験者群に使用した場合、QOLの改善が認められました。クリームタイプはパウダーよりも固形であり、封鎖能力が優れているかもしれません。義歯床下への食渣の侵入を避けるということは咀嚼や痛みなどの観点から非常に重要な事です。この結果は臨床的視点から考慮されるべきです。

咀嚼能率の有意な上昇が認められ、第3の仮説も否定されました。この上昇は今までの評価項目の向上と関連しているかもしれません。この事実は、口腔乾燥被験者で維持力の上昇と同様に咀嚼能率の上昇が認められたNishiらの報告で確認出来ます。2つの研究では、パウダーとクリームタイプでの咀嚼能率の比較を行っています。両方の研究で、安定剤の違いで咀嚼能率に差を認めませんでした。しかし、Torres-Sanchezらは、異なる商品のクリームタイプを比較検討し、製品間差があることを観察しました。これは成分構成の差と考えられます。その結果、今回のシステマティックレビューに含まれる研究で調査された多くの実験的安定剤が証明するように、患者への害が少なく、より効果的な義歯用接着剤が開発されています。咀嚼能率を検討したRCTはわずか3つしかなく、今後さらなる研究が必要です。

義歯安定剤の負の効果が懸念されることもあります。適合不良の義歯に無理矢理安定剤で何とかしようとする患者がいますが、よく適合した義歯の必要性に替わるものではないという事です。患者が、義歯製作時の不正確な印象 や口内炎、カンジダ症などの口腔内疾患などの臨床的問題を隠さないことが大事です。しかし、安定剤が口腔内の微生物などへ影響を与えるかどうかについてのRCTは不足しています。

今回のRCTは全てバイアスリスクは低いと考えられますが、いくつかのLimitationがあります。特に異質性が挙げられます。義歯安定剤の種類、商品バリエーション、実験方法の違いなどです。加えて、いくつかの研究では、観察時間が0~12時間と短く、さらに適合のよい義歯を使用していました、一方で他の研究では日週単位での評価を行っていました。

結論

1 従来の全部床義歯への義歯安定剤の使用は治療成績、維持安定、咀嚼能率、満足度などを向上させます。

2 よくデザインされた研究で新しい安定剤を評価するべきです。

まとめ

基本的に全部床義歯に安定剤を使用して評価する項目として、

維持安定
主観的な評価
咀嚼能率

があるようだ、ということが今回の論文から理解出来ました。そして多くの論文で、全ての項目が安定剤により改善する事が示唆されています。ただし、いくつかの論文では条件付きで効果が認められているものがあり、今後もうちょっとはっきりさせる必要がありそうです。新しい義歯においても効果の向上が認められると考えれば、新しい義歯だから安定剤使用を許可しない、というのは間違っているでしょう(勿論、ある程度調整が終わってからになるでしょうが)。

逆に言うと、安定剤による負の効果、というのがあるのかないのかが気になります。一応この論文でも軽く触れられていますが、長期使用する事による口腔内細菌叢への影響があるかないか、などは気になる所です。

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