機械的清掃では、義歯上のプラークを完全に落とせない(クロスオーバーランダム化比較試験)
前回の論文を読んだときに、引用されている文章が気になったので読んでみることにしました。その文章とは「微生物学的な観点から、ある臨床研究は、乾燥保管は細菌数とCandida Albicansのレベルを減少させ、夜間水道水に過酸化物の洗浄剤を入れて浸漬するのと同程度の効果があることを報告しています。」です。
Impact of Denture Cleaning Method and Overnight Storage Condition on Denture Biofilm Mass and Composition: A Cross-Over Randomized Clinical Trial
Joke Duyck , Katleen Vandamme, Stefanie Krausch-Hofmann , Lies Boon , Katrien De Keersmaecker , Eline Jalon , Wim Teughels
PLoS One. 2016 Jan 5;11(1):e0145837. doi: 10.1371/journal.pone.0145837. eCollection 2016.
PMID: 26730967
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0145837
Abstract
Background: Appropriate oral hygiene is required to maintain oral health in denture wearers. This study aims to compare the role of denture cleaning methods in combination with overnight storage conditions on biofilm mass and composition on acrylic removable dentures.
Methods: In a cross-over randomized controlled trial in 13 older people, 4 conditions with 2 different mechanical cleaning methods and 2 overnight storage conditions were considered: (i) brushing and immersion in water without a cleansing tablet, (ii) brushing and immersion in water with a cleansing tablet, (iii) ultrasonic cleaning and immersion in water without a cleansing tablet, and (iv) ultrasonic cleaning and immersion in water with a cleansing tablet. Each test condition was performed for 5 consecutive days, preceded by a 2-days wash-out period. Biofilm samples were taken at baseline (control) and at the end of each test period from a standardized region. Total and individual levels of selected oral bacteria (n = 20), and of Candida albicans were identified using the Polymerase Chain Reaction (PCR) technique. Denture biofilm coverage was scored using an analogue denture plaque score. Paired t-tests and Wilcoxon-signed rank tests were used to compare the test conditions. The level of significance was set at α< 5%.
Results: Overnight denture storage in water with a cleansing tablet significantly reduced the total bacterial count (p<0.01). The difference in total bacterial level between the two mechanical cleaning methods was not statistically significant. No significant effect was observed on the amount of Candida albicans nor on the analogue plaque scores.
Conclusions: The use of cleansing tablets during overnight denture storage in addition to mechanical denture cleaning did not affect Candida albicans count, but reduced the total bacterial count on acrylic removable dentures compared to overnight storage in water. This effect was more pronounced when combined with ultrasonic cleaning compared to brushing.
背景:適切な口腔衛生は、義歯装着者の口腔の健康を維持するために必要です。本研究の目的は、義歯の洗浄方法と一晩の保管条件を組み合わせて、義歯床上のバイオフィルム量と構成に及ぼす役割を比較する事です。
実験方法:13名の高齢者によるクロスオーバー、ランダム化比較試験を行いました。2つの異なる機械的清掃法法、2つの夜間保管方法で4つの条件が考えられます。1)ブラシによる機械的清掃→水中保管(洗浄剤なし)、2)ブラシによる機械的清掃→洗浄剤ありの水中保管、3)超音波洗浄→水中保管(洗浄剤なし)、4)超音波洗浄→洗浄剤ありの水中保管。各試験条件は5日間連続で実施し、その後に2日間のウォッシュアウト期間を設けました。バイオフィルムサンプルを、ベースラインと各試験条件後に標準化した領域から採取しました。選択した20種類の口腔内細菌とカンジダアルビカンスのトータル、個人レベルをPCRを用いて確認しました。義歯のバイオフィルムは、アナログ義歯プラークスコアを用いて点数付けされました。対応のあるt検定とウィルコクソンの符号順位検定を用い、有意水準を5%としました。
結果:洗浄剤ありの夜間水中保管は、有意にトータルの細菌量を減少させました。機械的な洗浄方法の違いでは、トータルの細菌量に有意差は認めませんでした。カンジダの量とアナログプラークスコアに対する有意な効果は認められませんでした。
結論:機械的洗浄に加えて、義歯洗浄剤の夜間使用はカンジダアルビカンス量に影響しませんでした。しかし、単純に水中保管した場合と比較すると義歯床上の細菌の総量は減少しました。ブラシと比較して超音波洗浄を組み合わせた効果はもっと強調されるべきです。
ここからはいつもの通り本文を適当に抽出して意訳要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。
緒言
先進国では、無歯顎者が減少し、高齢者でも天然歯を維持する人が増加しています。人口に占める高齢者の割合が増加し、社会経済的困窮が無歯顎の持続的な危険因子となっているため、無歯顎は幸福度の低下や健康状態の悪化と関連する口腔保健上の問題であり続けています。。
口腔機能と幸福度の低下により、無歯顎者は喪失歯の代わりを選択します。もっとも一般的な治療法は(インプラント支持を含む)可撤式補綴装置です。義歯の使用と栄養、認知、身体機能、全身的な健康、生存は正の相関を有します(参考文献8~10)。にもかかわらず、いくつかの研究では、義歯装着者の義歯の清掃と口腔衛生は不良であり、口腔バイオフィルムの形成と集積が起こる事を示唆しています。バイオフィルムは、口腔感染症、不快さ、誤嚥性肺炎のような全身的な健康問題のリスクとなります。細菌の研究では、85歳以上の義歯装着者で、義歯を夜間装着していると細菌が増殖し、誤嚥性肺炎リスクがほぼ2倍になる事が示唆されました(参考文献18)。義歯性口内炎は義歯装着と口腔衛生状態不良に関連した口腔内の炎症で、義歯装着者の15~70%に起こります。患者依存性の要因、唾液中のある蛋白質や宿主免疫が疾患に影響します。
義歯を消毒する方法は、義歯性口内炎の治療のためだけではなく、予防手段としても研究されてきました。Enamiらにより、義歯性口内炎治療を評価するメタアナリシスが行われました。著者らは、抗真菌治療の有効性を、消毒薬や義歯消毒法などの代替義歯性口内炎治療と比較しました。比較した方法で有意差を認めず、それにより義歯性口内炎を治療する抗真菌薬療法と同等の効果をより侵襲性の低い消毒法は有しているかもしれないと報告しています。
義歯性口内炎は発生率が高く、義歯汚染の予防と、義歯の衛生管理の重要性が強調されます。
義歯清掃方法には機械的方法と化学的方法があります。機械的清掃はブラシまたは超音波洗浄を使用したプラークの除去を意味します。化学的清掃商品は、次亜塩素酸ナトリウム、過酸化物、酵素入り過酸化物、酵素または酸などが含まれます。機械的洗浄と化学的洗浄、および両者の組み合わせが義歯の清潔さに好影響を与えるという研究結果があります。マイクロウエーブに関連した放射線の使用も義歯の消毒方法として報告されていますが、標準化の欠如と決定的ではない結果により、日常的な清掃方法としてあまりお勧めできません。
夜間の義歯装着は、カンジダ関連口内炎の有病率とも相関します。Iinumaらは、夜間義歯非装着と比較して、夜間装着者は舌苔とデンチャープラークが多く、歯肉が炎症になっており、カンジダアルビカンスが培養陽性で、IL-6のレベルが高い事を観察しています。
夜間義歯撤去が推奨されているにも関わらず、多くの無歯顎患者が夜間にも義歯装着しています。義歯のケアとメインテナンスについてのエビデンスに基づいたガイドラインは利用できますが、夜間の義歯の保管方法に関する妥当なガイドラインはありません。
以前に行ったクロスオーバーランダム化比較試験では、私達は義歯の保管方法について評価しました(文献27)。乾燥、水中保管、水中に発砲する過酸化物タブレットを加えて保管する方法を比較しました。この研究では、タブレット使用が、乾燥と水道水保管よりも有意に義歯のバイオフィルム量を減少させました。しかし、機械的清掃の後に過酸化物の発泡タブレットを一晩使用した場合、バイオフィルムの量や組成に影響を与えるかどうかは不明です。
本研究の目的は、機械的な清掃方法に夜間水中保管洗浄剤ありなしの組み合わせが、義歯のバイオフィルム量と構成に与える影響を調査することです。仮説は、機械的清掃の後にアルカリ過酸化物発砲タブレットを使用しても、義歯のバイオフィルム量と構成に影響を与えない、です。
義歯をブラシで清掃するのは、高齢で身体的に不自由な義歯装着者にとって難しい可能性があります。超音波洗浄は代替手段として用いることができるという報告があるので、ブラシと超音波洗浄の両方が機械的清掃方法と考えられます。しかし、両者が同じ効果なのかをはっきりさせる必要があります。第2の仮説は、ブラシと超音波清掃後の義歯のバイオフィルム量と構成には差が無い、です。
実験方法
被験者
フレイルである高齢者のためのベルギーの介護施設(120人)全てを本研究に参加可能か調査しました。採用基準に適合している場合、彼らは参加可能です。採用基準は、無歯顎で上下顎に全部床義歯を装着している、口腔の状態が良好である(口腔疾患の徴候がない)、インフォームドコンセントに記載し、本研究の要求に応える事ができる認知機能を有している事です。ステロイドまたは抗菌薬投与を本研究前3か月以内に受けている場合や、義歯を食事時だけ装着し、日中装着していないなど採用基準に該当しない場合、本研究から除外されました。
13名の患者が最終的に参加することになりました(図1)。本研究では、時間と労力を要するデザインであるため、大きな効果(Cohenのd = 0.8)を調査することに明確な関心を持ちました。検出力計算の結果、参加させるべき最小人数は11.14人でした。サンプルサイズは以前の研究とほぼ同じです。
研究デザイン
クロスオーバーランダム化比較試験で、4条件をランダムにクロスオーバーしました。
1 機械的清掃(ブラシ)+水中保管(洗浄剤なし) B-T
2 機械的清掃(ブラシ)+水中保管(洗浄剤あり) B+T
3 機械的清掃(超音波)+水中保管(洗浄剤なし) U-T
4 機械的清掃(超音波)+水中保管(洗浄剤あり) U+T
実験前に試験前に、すべての義歯は酢酸水溶液(ビネガー)を用いた超音波洗浄によって脱灰され、その後、1%クロルヘキシジンジグルコン酸ゲルと義歯ブラシを用いて機械的に洗浄・消毒されました。
各テストは5日間連続で行われ、その後2日間休息しました。休息期間中は、水と石けんを用いた機械的なブラッシングと乾燥保管によるケアを行いました。
各テストの前後には、水と石けんを用いたブラッシングと0.12%クロルヘキシジン水溶液中での超音波洗浄による機械的清掃と1%クロルヘキシジンジグルコン酸ゲルを用いた消毒を行いました。
被験者と施設職員は研究期間中には自分達で義歯を清掃しないように要請されました。浴室の鏡にリマインダーを設置し、被験者の部屋から義歯清掃用の器具や材料は撤去しました。研究者2名が義歯清掃と夜間保管を行いました。
洗浄剤のタブレットは、Corega anti-bacteria denture cleanser tablets(GSK)を使用しました。Corega anti-bacteria denture cleanser tabletsには重炭酸ナトリウム、クエン酸、ペルオキシ一硫酸カリウム、炭酸ナトリウム過酸化水素化物、TAED、安息香酸ナトリウム、PEG-180、ラウリル硫酸ナトリウム、サブチリシン(酵素)、PVP/VAコポリマー、芳香剤、色素などが含まれています。炭酸ナトリウム過酸化水素化物は、酸素を解放するプロセスで働きます。H₂O₂が酸化して酸素を放出し、これが観察される発泡性に関係し、また機械的な洗浄効果を発揮するものと思われます。
超音波洗浄は、Sonorex Bandelin RK100H deviceを用いて15分間水道水、室温で行いました。洗浄後、義歯を70%エタノールで消毒しました。ブラシによる機械的清掃は水道水ですすぎながら行いました。
機械的清掃後に夜間保管を行いました。研究者2名がプロトコールに従って毎晩義歯を清掃し、夜間保管しました。夜間保管する義歯用のプラスティック箱の中に70%のアルコールを入れ消毒しました。
微生物のサンプルをテスト開始前、機械的清掃(ブラシと超音波洗浄両方)および消毒後に各被験者あたり4検体採取し、洗浄及び消毒手順の有効性を評価しました。テスト期間終了後(5日目終了時)にサンプルを再度各被験者あたり4検体採取し、追加のアナログプラークスコアを行いました。
微生物サンプルの作成は、実験条件を全く把握していない別の研究者が行いました。下顎義歯の第2大臼歯の頬側遠心部5mm径の領域から採取しました。義歯ごとにシリコーンゴム印象材のパテタイプで位置と径を標準化するための枠を製作しました(図2)。枠は使用ごとに消毒しました。
サンプルの採取は滅菌綿棒を使用しました。綿棒は-18度で保存しておき、全てのサンプルが採取されたら、Advanced Dental Diagnostics B.V.(オランダ)に輸送され、20種類の口腔内細菌(表1)とカンジダアルビカンスの定性、定量PCRを行いました。Socranskyらの分類を使用し、細菌と細菌コンプレックスに分類しました。細菌コンプレックスの形成は、健康または疾患の重症度への関連に基づいています。青、黄、緑、紫は初期のバイオフィルム形成時の早期のコロニー化に関与し、赤、オレンジは歯周病とより成熟したバイオフィルムと関連します。
下顎義歯のアナログプラークスコアはAugsburger and Elahiに従って4%エリスロシン(歯垢染色液)を用いて2人の研究者によって行われました。プラークのスコアを8つのゾーンでそれぞれ採点しました。スコアは0~4の5段階で、0は義歯表面のプラーク被覆が0%、1は1~25%、2は26~50%、3は51%~75%、4は76%~100%となります。
実験期間中、被験者もラボのPCR解析を行う技術者も、どの条件で行われているかは知らされていません。
統計解析
SPSS21を用いて統計処理を行いました。
細菌数を以下の条件で比較しました。
1)機械的清掃法に関わらず、夜間水中保管vs夜間水中保管+洗浄剤
2)ブラシによる機械的清掃で、夜間水中保管vs夜間水中保管+洗浄剤
3)超音波洗浄による機械的清掃で、夜間水中保管vs夜間水中保管+洗浄剤
4)夜間保管に関わらず、ブラシvs超音波
5)ブラシで水中保管vs超音波で水中保管
6)ブラシで水中保管+洗浄剤vs超音波で水中保管+洗浄剤
これらの解析は細菌の総数を用いています。多重比較にはHolm-Bonferroni法を用いました。バイオフィルムの構成に対する介入の効果をさらに調べるため、カンジダアルビカンス単独、および細菌株の異なるコンプレックス、すなわちSocranskyらによる赤、オレンジ、緑、黄、紫のグループに対して、分析を繰り返しました。有意差のある細菌コンプレックスについては、さらにその複合体の個々の細菌株について調査しました。臨床的な関連性があるため、赤と黄色の複合体の個々の菌株は、複合体レベルでは有意でない場合でも、別々に分析しました。
正規性はKolmogorov-Smirnov and Shapiro-Wilk法により判定しました。正規分布データについては対応のあるt検定、ノンパラメトリックデータの場合、Wilcoxonの符号付順位検定を用いました。有意水準は5%としました。
結果
施設の住民120名中98名は参加を拒否または採用基準に該当しませんでした。参加を拒否した理由は殆どの人では明確ではありません。他の人が自分の義歯を扱うのが嫌、また自分には難しいと思っているという意見がありました。加えて、研究開始前に1人が死亡、もう1人が施設から移動、7人が研究開始前3か月以内に抗菌薬を使用していました。そのため、13名が研究に参加出来る人数となりました。1名が本研究のラスト2日間で、尿路感染症のためにニトロフラントインを投与されました。そのため、この被験者の最終パートのデータは除外しました。その結果、ブラシ+水中保管では12の細菌サンプルが、他の条件では13のサンプルが利用可能となりました。
4つの条件における平均細菌レベルを表2に示します。
総細菌数(log10)は実感開始前のコントロールは実験後と比較して有意に少ない結果となりました(図4)。各条件でのコントロール間での有意差は認めませんでした。
洗浄剤ありの夜間保管は、洗浄剤なし夜間保管と比較して有意に総細菌数が減少しました(図4)。この効果はブラシよりも超音波洗浄で顕著でした。
コンプレックス毎に細菌をプールした場合、緑と紫の細菌量は、洗浄剤使用で有意に減少しました。個々の細菌を実験条件で比較した場合、Capnocytophaga species (Cs)、Campylobacter concisus (CC)、Streptococcus milleri group (Smg)、Actinomyces odontolyticus (Ao)、Veillonella parvula (Vp)も同様に減少しました。これは、洗浄剤はバイオフィルム量(総細菌数)だけではなく、バイオフィルムの構成にも影響していることを示唆しています。
実験条件はカンジダアルビカンスの量には有意な影響を与えませんでした。
機械的清掃の違いはバイオフィルムの量と構成に影響を与えませんでした。
評価者両名のアナログプラークスコアに有意差はありませんでした。テスト条件によりアナログプラークスコアに有意差は認められませんでした。図5にプラークスコアの%を示します。
平均プラークスコアは、B-T(ブラシ+水中保管)で1.65±0.95、B+T(ブラシ+洗浄剤)で1.59±0.72、U-T(超音波+水中保管)で1.77±0.70、U+T(超音波+洗浄剤)で1.85±0.69でした。
下顎義歯の粘膜面は頬側研磨面よりもプラークスコアが有意に大きな値を示しました。
考察
義歯は口腔機能や幸福によい影響を与えますが、義歯の衛生状態が悪いと、義歯性口内炎、口臭、残存歯の虫歯や歯周病、口腔細菌に関連する全身の感染症のリスクになります。そのため、適切な口腔衛生状態の測定方法が必要です。機械的、化学的義歯清掃についていくつかの研究がすでにありますが、コンビネーションと夜間の保管方法について明確なガイドラインはありません。
以前の研究で、我々は夜間保管方法について評価しました。乾燥保管と湿潤保管を比較すると、口腔衛生が悪いケースにおいて、洗浄剤ありの水中保管は総細菌量とカンジダアルビカンスのレベルが最も少ない結果でした(機械的清掃無し)。この研究は価値あるものであり、不十分な機械的清掃というシチュエーションを表現しましたが、義歯の夜間保管前に機械的清掃を通常は指導するということが考慮されていませんでした。機械的清掃の後でも洗浄剤は付加価値があるのか、という疑問が残ってしまいました。
本研究は、機械的洗浄と夜間保管の組み合わせが、義歯のバイオフィルム量と構成へ与える影響を調査することにしました。義歯洗浄剤が、機械的洗浄に先立つバイオフィルムの形成に効果は無いという仮説を立てました。
実験前のコントロールと比較して実験終了後全ての状態で有意に細菌が増加しました。コントロールサンプルは、ベースラインとするために機械的洗浄と消毒後すぐに採取されました。このサンプルでは、バクテリアの数は少ないものの、その存在感はかなりのものでした。これは、機械的洗浄では完全にデンチャープラークを除去する事ができないという事実によります。義歯床用レジンの気泡がそれに貢献しているかもしれません。加えて、クロルヘキシジンを使った消毒は口腔細菌の殺菌に効果的ですが、PCR解析は細菌の生死は判別できません。そのため、物理的に除去されなかった死滅した細菌の一部が、測定された細菌数に寄与している可能性があります。
コントロールと比較して試験試料から多くの細菌が検出されたことは、コントロールが義歯の洗浄・消毒直後に採取されたのに対し、試験試料は実験最終日の終わり(最後の機械洗浄から24時間後、最後の義歯保管状態から約12時間後)に採取されたことから論理的に理解できます。介入直後ではなく、試験期間終了時にサンプルを採取することで、特定の義歯衛生技術や義歯の夜間保管条件を適用した場合に利用できる最大限のバイオフィルムに関する情報を得ることができます。
機械的な清掃は日常的に行われていますが、全ての見えるプラークを除去しても、実験終了後のプラークスコアは0~4の範囲で平均値は1.7±0.9でした。プラークが全くない義歯はありませんでした。プラークが25%以下(スコア1)は義歯測定箇所の58%、プラーク76%以上のスコア4は義歯測定箇所のわずか7.7%でした。実験条件の違いはプラークスコアに有意な影響を与えませんでした。これは、Cruzらの報告と反しています。Cruzらは、夜間水中保管で色々な清掃方法によるデンチャープラークを調査しました。コントロールはブラシを1日3回、(1)洗浄剤、(2)超音波洗浄、(3)超音波と洗浄剤の組み合わせ(n=80)。21日後の上顎全部床義歯の粘膜面のバイオフィルムのスコアをつけ、実験条件でプラークの減少を認めました。コントロールの60.9%と比較して(1)37.2%、(2)35.2%、(3)29.1%となりました。実験条件による有意差は認めませんでした。微生物叢の質的な検査はこの研究では行われていません。さらに、本研究の下顎義歯粘膜面は頬側研磨面と比較してプラークが有意に多い結果となりましたが、他の研究でも同様に報告されています。
プラークスコアは、デンチャープラークの研究の多くで用いられていますが、バイオフィルム形成を評価するラフな方法です。より正確にバイオフィルムを定性、定量化するためには、細菌サンプルを義歯の規定した面から採取します。PCR分析で、実験条件がバイオフィルムの構成と微生物数に与えた有意な影響が明らかになりました。機械的清掃は、バイオフィルムの量と構成に有意な影響を与えませんでした。超音波洗浄は、一般的な義歯清掃の方法ではありませんが、肉体的、認知的な機能低下がある人が入所する施設などでは、有用な方法になりえます。本研究では、洗浄剤を使用するかどうかに関係なく、ブラシと同等程度の効果を認めました。
他方で、洗浄剤の使用により総細菌数を有意に減少しました。ブラシ+洗浄剤と超音波洗浄+洗浄剤では有意差を認めませんでしたが、超音波洗浄の効果(超音波+洗浄剤と超音波+水中保管の平均値の差は1.7)はブラシの効果(ブラシ+洗浄剤とブラシ+水中保管の平均値の差は1.1)と比較して強調されます。
私達は、細菌コンプレックスへの分類にSocranskyらの分類を用いました。このコンプレックスの形成は、健康または疾患重症度への関連度に基づいています。青、黄、緑、紫のコンプレックスはバイオフィルム形成の早期のコロニー化に関与しています。一方で、赤、オレンジはより成熟したバイオフィルムと歯周病と関連しています。紫の細菌(Ao、Vp、Av)と緑の細菌(Ec、Cs、Cc)は洗浄剤入りの水中保管で有意に減少しました。これらの細菌は、身体の他の部位では日和見的な病原性で知られていますが、口腔内バイオフィルム内では片利共生の関係です。これらの細菌の減少は、特に免疫機能が低下している患者には有利です。
本研究では、カンジダアルビカンスのコロニー化に対する各条件の影響には有意差は認められませんでした。Staffordらは、乾燥保管と水中保管でのカンジダアルビカンスのコロニー化について評価しています。それによると、8時間乾燥保管した場合、カンジダのコロニー化は有意に減少したと報告しています。バイアスリスクが高いにも関わらず、長い間夜間の保管方法がカンジダの汚染に与える影響を検討した唯一の研究でした。本研究では、実験条件によるカンジダアルビカンスへの影響に有意差はありませんでした。義歯性口内炎の主原因と考えられるので、義歯が機械的によく洗浄されている場合、洗浄剤を用いた水中保管の付加価値が臨床的に適切かどうかは疑問が残ります。
本研究では研究者が機械的な清掃を行ったので、一般的な臨床のシチュエーションよりもベストなケースではないかという疑問があります。実際に、患者が義歯を機械的に清掃する時、本研究と比較すると多くのプラークが残っているかもしれません。機械的清掃なしでの化学的洗浄に関する研究がありますが、これは最悪なケースで、臨床の現実はその中間にあると思われます。
Nishiらによる比較研究(文献29)では、超音波洗浄後に洗浄剤で水中保管した際の、全部床義歯上の微生物の生存を比較しています。50名の全部床義歯装着者を以下の5つの群にランダムに振り分けました。1)洗浄剤水中保管、2)流水でブラシ、3)超音波洗浄、4)洗浄剤水中保管と流水ブラシ、5)洗浄剤水中保管と超音波洗浄。機械的清掃単独と比較すると、洗浄剤の使用は単独であれ併用であれ、義歯の消毒により有効である、と結論づけています。彼らは、カンジダアルビカンスの量が、超音波と洗浄剤水中保管の組み合わせで有意に減少した事も観察しています。この知見は本研究では確認出来ませんでした。研究のクエスチョンはほぼ同じですが、結果は完全に同じではありませんでした。それは研究デザインの違いによるかもしれません。Nishiらの研究は10名の患者を5群に分けており、一方で、本研究は13名をクロスオーバーで全ての条件を行っています。本研究では機械的清掃を行わないという条件も考えられましたが、以前の研究ですでに行っています。スタート時と5日間終了時の細菌サンプルを採取しました。一方で、Nishiらは清掃前後で採取しています。他の大きな違いは、Nishiらは生きている微生物のみを測定していますが、本研究ではPCR分析を行っているので、生死ともに含まれています。本研究の定量化は、死んでいる微生物の非効率的な機械的除去を過剰に推定している可能性があります。
本研究は、標準化されたウオッシュアウト期間後、テスト期間の前に義歯の徹底的な洗浄と消毒(1%ジグルコネートクロルヘキシジンゲルによるブラッシングと0.12%クロルヘキシジン溶液による超音波洗浄)を行うことから始まりました。これは、義歯のベースライン状況を可能な限り揃えた事を意味します。Nishiらはこれを行っていません。本研究では認められなかったカンジダアルビカンスの減少は、ベースライン時の補綴物上にカンジダがより存在していたためかもしれません。
結論
結論として、義歯の夜間保存に洗浄剤を使用することにより、義歯のプラーク量と組成に追加的な効果をもたらさないという仮説は否定されました。一方、洗浄剤を入れた水中で義歯を保管した場合、総菌量および特定細菌の減少が観察されました。しかし、義歯性口内炎の主な病因とされるCandida albicansのコロニー形成には影響が見られませんでした。しかし、「ブラシと超音波洗浄では、義歯のバイオフィルム量と組成に差がない」という第二の仮説は、洗浄剤入り水中で義歯を一晩保存しても確認されました。このことは、超音波洗浄が機械的な洗浄方法の代替手段として適切であることを示しています。
まとめ
おそらく他の研究でも共通するところかと思いますが、「義歯の機械的清掃だけでは、完全にデンチャープラークを除去する事はできない」という事がまず重要かと思います。つまり洗浄剤をプラスする必要が絶対にあるということです。
本研究の結果では、流水下でブラシによる清掃と、超音波洗浄は差がないという結果であり、これを強調していますが、超音波洗浄の実験方法をみると、「超音波洗浄は、Sonorex Bandelin RK100H deviceを用いて15分間水道水、室温で行いました。洗浄後、義歯を70%エタノールで消毒しました。ブラシによる機械的清掃は水道水ですすぎながら行いました。」となっており、超音波洗浄後に70%エタノールにも浸漬している感じです。実際の施設や臨床でここまでやっているとは思えないので、今回の結果は超音波洗浄の効果を過剰に判定している可能性はあると思います。
ただ、それを考慮しても義歯を1個1個ブラシで洗うことを考えたら超音波洗浄機を使った方が数をこなせるし、人手があまりかからないですので、本文中にあるように施設などではよいかもしれません。
なお、前回の論文で引用されている内容をもう1度確認してみますが、「微生物学的な観点から、ある臨床研究は、乾燥保管は細菌数とCandida Albicansのレベルを減少させ、夜間水道水に過酸化物の洗浄剤を入れて浸漬するのと同程度の効果があることを報告しています」なんですが、これはもしかして本文中にある同じ著者の以前の研究なのではないでしょうか。第一この研究乾燥保管など全くやってないです・・・。残念。もうちょっとちゃんと引用文献の番号を振ってもらいたいものです。