普通の歯科医師なのか違うのか

義歯の効果は咬めるだけか

 
この記事を書いている人 - WRITER -
5代目歯科医師(高知市開業)
東京医科歯科大学卒業(47期)
同大学院修了
【非常勤講師】
徳島大学
岩手医科大学

義歯をいれると咬める、以外にどういう効果があるか

咬合力や機能歯数などがフレイルへ影響する因子である、という論文を読んできました。さて、少し趣向を変えて義歯を入れるとどういった効果があるのか、と言う事に関して調べていきたいと思います。

病棟などを回診していると殆ど歯がないのに義歯を使用していない人は結構いることを実感します。
こういった方は自分は何でも噛めているといいますが、嚥下造影検査などをすると丸呑みなのがよくわかります。そういった丸呑みの人が脳梗塞などで摂食嚥下障害になってしまうと、もう丸呑みできないわけです。しかし義歯は入れたくないとの一点張りで食形態を上げられない、という事もあります。
歯があれば・・・もうちょっと普通に近い食事が食べられるのに・・・と思っていて退院して自宅に帰ったら普通食を食べて誤嚥性肺炎で戻ってきた場合もあります。

こういった方に、義歯を入れたら噛めますよ、という単純な説明はあまり意味がない事があり、やはり他のエビデンスが必要ではないかと思っています。

今回は日本語

今回の論文はちょっと古い日本語の論文です。

歯および義歯の状態が全身の健康に及ぼす影響に関する施設入居高齢者の追跡研究
嶋崎 義浩
九州歯科学会雑誌 50(1), 183-206, 1996

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kds/50/1/50_KJ00003277293/_article/-char/ja/

Jstageからダウンロード可能です。
結構古い論文なのですが、6年間の縦断研究です。
かなり古いので今の論文スタイルと全く違うので読みづらいです。

実験方法

1988年10月~1989年2月に北九州市の29の高齢者福祉施設入居者1959名に初回調査を行っています。6年後に再調査出来たのは719名でした。

身体的健康状態、精神的健康状態

Viglidの方法に準じて分類
身体的健康状態:歩行状態で判定 介助なし、一部介助、寝たきり
精神的健康状態:認知面で判定  認知機能低下無し、軽度認知症、明確な認知症 
全身健康状態を身体的、精神的健康状態の総合でよい、普通、悪いの3つに分類
全身疾患の有無

口腔診査

歯の診査:健全歯かう蝕歯か
治療の必要性があるか:抜歯適当かどうか
義歯の装着状態(維持、咬合、安定性)
義歯の必要性:必要なし、修理の必要、PDが必要、FDが必要
義歯必要度:良好、要治療(再製含む)、要装着(未装着者)

食事

普通食、軟菜食、流動食の3つに分類

歯科的主訴、治療希望、受診状況

追跡調査時に初回調査後に歯科を受診したかどうかについて質問

統計処理

初回調査時の身体的、精神的健康状態がそれぞれ介助無し、認知機能低下無しの患者のみを使用して健康状態悪化、または変化無しを目的と変数としたロジスティック回帰分析を行っています。
第1段階として単変量、第2段階として多変量による解析を行っています。

結果

昔の論文にありがちですが、結果と考察がかなり長いので圧縮して知りたい所に絞ります。

身体的健康状態

1989年に残存歯数が少ない人ほど、身体的な健康状態が6年後に低下しています。また義歯の状態が悪い、義歯を使っていない人ほど身体的健康状態が悪くなっています。この場合の身体的健康状態は介護度が基準ですので、こういった人ほど6年後に介護になるリスクが高いと考えられます。

ロジスティック回帰分析を行った結果、初回診査時に無歯顎であった場合は20本以上歯を有する人よりも3.2倍、義歯が必要なのに装着していなかった人は義歯を良好に使用している人よりも2.9倍、6年後に健康状態が悪くなる、という結果になりました。

無歯顎でも良好な義歯を装着している場合には20本以上残存している人と比較して健康状態の悪化は有意差が認められていません。
しかし、10-19本残存で義歯を装着していない人は4倍、1-9本残存で義歯を装着していない人は3.2倍、無歯顎で義歯の再治療が必要な人は3.6倍、無歯顎で義歯を使用していない人は10倍以上6年後に身体的健康状態が悪化するという結果になりました。

精神的健康状態

精神的健康状態は認知面の低下で判定されていますので、悪化は認知症への移行を意味します。

現在数に関しては、1-9本、無歯顎の場合は有意に認知機能が低下しています。義歯必要度に関しても非装着、再治療の必要性がある場合には有意に低下しています。

ロジスティック回帰分析の結果では、身体的健康状態ほぼは明確な因子は出ていませんが、義歯非装着者は6年後に1.9倍認知機能低下を示すリスクがあるという結果が出ています。

19本以下で非装着、要治療の場合は認知機能低下のリスクがある、と考えて良さそうです。

死亡

死亡を目的変数としたロジスティック回帰分析も行われています。死亡に関しては再調査時にわかったもの全て含まれている様でn数が1500名弱になっています。

男性、残存歯数が1-9本、0本、義歯が必要なのに非装着、全身疾患有りの場合に有意差が認められました。口腔内の状況だと、1.5~2.0倍ぐらいのリスクになっています。

義歯が必要なのに、装着していない19本以下の人は死亡リスクがある、という結果になっています。

まとめ

かなり古い研究なので被験者のコントロールはおそらく殆どしていないと思いますが、日本人でかなり多くの高齢者を対象とした縦断研究はこの時代では珍しかったのではないでしょうか。

スタート地点では20本以上を歯を有している人と同じぐらい健康だったはずの歯が1本もなく義歯も使っていない人は6年後に介護度が上昇、認知度も低下、死亡するリスクはかなり高いと考えられます。介護度上昇のリスクに至っては約10倍です。
咬合がない場合、当然食べられる物が偏ることによる栄養状態の悪化のほかに転倒リスクの増加も報告されており、そういった事の結果かもしれません。

認知面の低下に関してよく言われるのは咀嚼と脳血流量の関係です。噛むことで脳血流量が増加して認知機能低下を予防するというメカニズムが本論文で紹介されていますが、ここら辺は自分は詳しく無いので別の論文も読んでみる必要があります。

本論文の結果を総合すると19本以下の残存歯で、義歯非装着、また義歯再治療の必要性がある場合には数年後の要介護、認知機能低下、死亡のリスクが上昇すると考えられます。

1本の論文だけで結論づけるのも危険なので他にも読んでみたいと思っています。

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