咬める歯の数と肩こりは関係がある?
前回の論文の続編
今回は前回の宮古島論文の続編です。前回の論文では、15年後の追跡調査により機能歯数が生存に影響することがわかりましたが、ベースライン時80歳以上(追跡調査時95歳以上)の超高齢者群のみ有意差がありました。
ただし、機能歯数の定義が曖昧で、文章からは義歯の人工歯などは含まれていないように読めます。つまり義歯補綴されている場合は機能歯数は回復せず、歯を喪失する度に機能歯数は減っていくのではないかと考えられました。
今回の論文は機能歯数と肩こりなどの症状が関連するかどうかという論文です。
Associations between functional tooth number and physical complaints of community-residing adults in a 15-year cohort study
Kakuhiro Fukai, Toru Takiguchi, Yuichi Ando, Hitoshi Aoyama,
Youko Miyakawa, Gakuji Ito, Masakazu Inoue and Hidetada Sasaki
Geriatr Gerontol Int. 2009 Dec;9(4):366-71. doi: 10.1111/j.1447-0594.2009.00547.x.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20002756/
Abstract
Background: Oral function influences various general health and organ diseases. We wondered if physical complaints of unknown origin were related to oral function.
Methods: Five thousand five hundred and eighty-four community residents (2206 men and 3378 women, aged 40-89 years) on the Miyako Islands, Okinawa Prefecture, Japan, were recruited for the baseline study in 1987 and followed up for 15 years. Physical complaints and functional tooth numbers were assessed for the baseline study in 1987 by dentists and followed up for 15 years. Physical complaints of unknown origin included shoulder stiffness, lower back pain, pain of upper extremity, pain of lower extremity, neuralgia, ear ringing, difficult of hearing, dizziness and sleeping difficulties.
Results: Physical complaints were significantly associated with functional tooth number in the baseline study. There were no systematic differences between physical complaints and functional tooth number among different age groups. Physical complaints did not influence the survival rates in either men or women.
Conclusion: Oral function may be related to physical complaints. Dental care may be one of the targets to treat these physical complaints of unknown origin.
背景:口腔機能は様々な全身状態や疾患に影響しています。私たちは原因がよく分からない身体の訴えが口腔機能と関連しているかもしれないと思いました。
方法:40歳以上の宮古島に住む5584名(男性2206名、女性3378名)を1987年をベースラインとして調査し15年間追跡調査を行いました。身体の訴えと機能歯数の関連性について調査しました。身体の訴えとは肩こり、腰痛、上肢の痛み、下肢の痛み、神経痛、耳鳴り、聴力低下、めまい、睡眠障害などが含まれます。
結果:ベースライン時の調査で機能歯数と身体の訴えは有意に相関しました。身体的訴えと機能歯数の関連において世代間での系統的な違いは認められませんでした。身体的な訴えは男女共に生存率への影響はありませんでした。
結論:口腔機能は身体の訴えと関連している可能性があります。歯科治療は原因不明な身体の訴えを治すための1つのターゲットとなりうるのかもしれません。
ここからはいつもの通り本文を適当に要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。
緒言部分は前回とほぼ同じなのでカットします。
実験方法
機能歯の定義
今回機能歯の定義に関して前回の論文より詳細が記載されています。
機能的に適切に咀嚼している歯は機能歯と定義されました。天然歯のほかに充填されている歯、C2までであまり歯質が崩壊していない歯が含まれますが、C3、C4は除外、というのが前回までで今回さらに義歯の人工歯とブリッジのポンティックは機能歯から除外という記載がありました。
Artificial teeth of removable dentures and pontics of bridge were not included as the number of functional teeth in this study, though they were useful for mastication.
これで前回論文を読んだときに立てた私の仮説は正しかったことになりました。
身体の訴え
肩こり、腰痛、上肢の痛み、下肢の痛み、神経痛、耳鳴り、聴力低下、めまい、睡眠障害についてそれぞれ有り、無しをインタビューにて聴取しています。聴取の結果、各被験者は0~3つ訴えがある分布となりました。4つ以上重複して訴えた人はいなかったようです。
統計方法
15年後に死因と死亡年時をチェックしました。
各年齢層(40代、50代、60代、70代、80代以上)で訴えがある群と無い群で死亡率を比較しました。
機能歯数と身体の訴えの間に関連性があるかどうかを、Cochran-Armitageの傾向検定とロジスティック回帰分析を用いて検討しました。
フィッシャーの正確確率検定を用いて1)訴えなし、2)1つ訴えあり、3)2または3つ訴えありの3群間の割合を比較しました。
生存率に関してはKaplan-Meier法を用いて解析しました。
COX比例ハザード検定により多変量解析を行いました。目的変数は年数で、説明変数は4つで3つが交絡因子、1つが身体の訴えです。交絡因子は年代、起訴疾患、機能歯数です。
結果
各年代における機能歯数のデータが表1になります。前回とほぼ同じデータですが、データ採取の欠落などで微妙に数が違っています。
ベースライン時の身体の訴えの保有についてのデータが表2になります。睡眠困難は殆どいません。上肢の痛み、神経痛、耳鳴り、めまいなどがかなり多い訴えになります。
身体の訴えの保有率についてのデータが表3となります。訴え0、訴え1,訴え2以上の3群間の%を各年代、男女で比較したところには有意差は認められませんでした。
ベースライン時の身体の訴えを1つ以上持つ率と機能歯数についてが以下の図になります。Cochran-Armitageの傾向検定の結果、男女共に有意差ありで、機能歯数が減少するほど身体の訴えを持つ人が有意に多くなりました。
機能歯数と身体の訴えの関連性についての回帰分析の結果が表4です。なぜかここで急に義歯の使用が項目に入っていますが、義歯の使用は有意差はありません。男女共に機能歯数と身体の訴えは有意に関連性があるという結果になっています。
全ての年代を総合して、男女別に機能歯数と身体の訴えの保有率を比較したのが図2となります。男女共に機能歯数が増加すると身体の訴えが有意に減少しました。
15年間のフォローアップで5584名の被験者中4787名が生存、897名が死亡しました。死亡者のうち48名は事故や自殺でデータから除外しました。ベースライン時40代の男性死亡者は14名、50代は41名、60代は149名、70代は199名、80代以上は65名、女性死亡者数は40代7名、50代44名、60代107名、70代186名、80代以上85名でした。女性において身体の訴えがある群と無い群では生存率に有意差を認めましたが、男性では有意差を認めませんでした。
Cox解析の結果、身体の訴えと生存率は有意差な関連を男女共に認めませんでした。フォローアップ期間中、身体の訴えの有り無しによる全身疾患による死亡原因は有意差は認めませんでした。
考察
私たちは機能歯数と身体の訴えの関連するメカニズムについてはよく知りませんが、口腔衛生と全身状態の関連性についてはいくつかの論文があります。Goodfriedは耳の症状と顎関節の関連性について記載しています。Shimazakiらは年齢などを調整した上で、無歯顎で義歯を使用していない施設入所者は障害や死亡のリスクが有意に高い事を報告しています(文献6)。いくつかの論文は歯の喪失が健康に関連したQOLに与える影響を提示しています。しかし、これらの報告は被験者数が少なく、施設入所者に限定されたりしています。
今回の研究では身体の訴えは30%以上に認めました。身体の訴えは機能歯数の減少につれて明確に増加しました。
口腔機能が体の疾患に影響を与えるという論文は数多くあります。咬合の修正はは高齢者の転倒を予防するという報告があります。口腔ケアは肺炎予防に有効で、口腔衛生状態のメンテナンスはインフルエンザ予防に有効であるかもしれません。口腔衛生状態が循環器疾患に影響している可能性もあります。口腔機能は咀嚼、嚥下、会話、審美性、社会性に影響を与えているかもしれません。
まとめ
理由はよくわかりませんが、この研究の結果から機能歯数と身体の訴えは関連性があるという結果になっています。
しかし、結論には私は賛成できません。結論は以下の様になっています。
口腔機能は身体の訴えと関連している可能性があります。歯科治療は原因不明な身体の訴えを治すための1つのターゲットとなりうるのかもしれません。
これは論理が飛躍していると感じます。
この結論を言いたいのであれば、例えば歯科治療を実際行ってみてそういった身体の訴えが介入群と非介入群で差がでるかどうか検討しなければこう結論づけることはできないと思います。また、こういった訴えのない機能歯数が少ない群にも介入と非介入をしてその結果訴えが発生するかどうかも検討する必要があるでしょう。歯科治療をして介入群と非介入群で有意差がでたとしても、そのどの要素が改善に影響したかはよくわからないので、そこまでしてもやっと今回の結論レベルになるぐらいではないかと考えます。
正直、この因果関係はよくわかりません。
わかりませんが、患者さんによくいわれる
「歯が悪いから肩が凝る、首がおかしい」
などということは案外馬鹿にしてはいけないことなのかもしれません。ただし、それは歯科治療をすれば治るか保証はないですから、私たちは粛々と、
「可能性はありますが、よくわかりませんし、因果関係は証明されていません」
と答えるしかないのではないかと思いました。
文献6 Shimazaki Y, Soh I, Saito T et al. Influence of dentition status on physical disability, mental impairment, and mortality in institutionalized elderly people. J Dent Res 2001; 80:340–345.