残存歯(咬合状態)と死亡リスクに関する古い論文
口腔と全身の論文を読んでいきます
前回、口腔と全身に関する2021年のScoping reviewを読みました。その中で気になった引用文献をいくつか読んでいこうと思っています。
今回は広島大学の2005年と古めの論文を読みます。古いのでちょっと迷ったんですが、Short reportで非常に短いのでサクッと読んで次に行こうと思います。筆頭著者は藤田医科大学の教授になられた吉田先生ですね。
Eight-year mortality associated with dental occlusion and denture use in community-dwelling elderly persons
Mitsuyoshi Yoshida , Hidehiko Morikawa, Mineka Yoshikawa, Kazuhiro Tsuga, Yasumasa Akagawa
Gerodontology. 2005 Dec;22(4):234-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16329232/
Abstract
Objective: To evaluate the influence of dental occlusion, with or without the use of dentures, on mortality in community-dwelling elderly persons.
Subjects: A total of 1030 randomly selected healthy independent elderly aged 65 and over were surveyed in 1995. For the study reported here, subjects were classified into three groups according to the presence or absence of maxillo-mandibular tooth contacts. Subjects with no maxillo-mandibular tooth contacts were further subdivided into those with and without dentures.
Methods: Data on mortality were obtained from Kure City Council in September 2003. Cox regression models were used in analysing the risk for death with gender and age as covariates.
Results: Individuals whose teeth had contact in at least the bilateral premolar regions at baseline had 0.78 times (95% CI: 0.60-0.99) smaller risk for death during the succeeding 8 years than those who had no occlusion. Among those who had no occlusion with their own teeth, the risk for mortality among denture non-users was 1.52 times (95% CI: 1.25-1.83) higher than the risk for denture users.
Conclusion: These results may support the view that, in the elderly; poor dental occlusion is associated with an increased risk for mortality and that, in the edentulous, the use of dentures is associated with a decreased risk for mortality.
目的:咬合と義歯の使用の有無が地域在住高齢者の死亡に与える影響を評価することです。
被験者:1995年時点で健康な65歳以上の自立高齢者1030名をランダムに抽出しました。被験者を上下の歯の接触があるなしで3群に分類しました。また、接触がない場合には義歯使用があるかないかで更に分類しました。
方法:2003年に呉市役所から死亡データを得ました。共変数として年齢性別を用いた死亡リスクの解析にコックス回帰モデルを使用しました。
結果:最低でも小臼歯で両側性に上下の歯が接触している群は、咬合接触がない群と比較して8年間での死亡リスクは0.78倍 (95% CI: 0.60-0.99) となりました。咬合接触がなく義歯も使用していない群は、義歯使用群と比較して死亡リスクが1.52倍 (95% CI: 1.25-1.83) となりました。
結論:これらの結果は、高齢者において噛み合わせが少ないということが死亡リスクの増加と関連し、特に無歯顎の場合、義歯の使用が死亡リスクを下げるという見解を支持するものかもしれません。
ここからはいつもの通り本文を適当に抽出して要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。
緒言
いくつかの研究では歯の本数と死亡の関連性が検討されています。これらの研究では16本、または20本以上残存歯がある場合には、それ未満よりも死亡リスクが低くなる事が示唆されています。社会経済的な要素が死亡には大きく影響するので、直接的な因果関係を証明することは不可能かもしれません。しかし、義歯による無歯顎患者のリハビリテーションは咀嚼と食事に良い効果はあるでしょう。この問題を明確にするために、今回の研究では適切な咬合群と不適切な咬合群の死亡リスクを比較することとしました。
方法
この研究は1995年10月に呉市で行われた調査データを基に行っています。この研究は呉市と厚生労働省のサポートを受けています。1079名の地域在住高齢者が調査されました。全員が退職しており、公的年金による収入があります。加えて公的な医療保険に加入しており、安価に医科歯科の治療を受けることができました。日本人高齢者は公的な保険に加入しているため、社会経済的な要因が死亡リスクに与える影響は最小化されています。健康状態とADLに関しては問診しています。呉市歯科医師会が家に出向き、残存歯数、咬合状態、義歯の使用状況を調査しました。
1030名が診査を完了しました。8年後の2003年9月に呉市から死亡データを入手しました。
分類分け
被験者を3つの群に分類しました。
A群:最低でも小臼歯部で両側で機能的に適切な咬合接触を認める。
B群:前歯部または片側小臼歯部での不十分な咬合接触しかない。
C群:残存歯による咬合接触がない。さらに義歯の使用未使用で2群に分割
統計処理
単変量解析には一元配置分散分析とχ2検定を用いました。咬合状態の違いによる生存率をKaplan-Meierの生存曲線で比較しました。年齢、性別も含めた多変量解析のためにCox比例ハザードモデルを使用しました。有意水準は全て5%としました。
結果
42名を転居のためフォローアップ時にロストしました。残ったのは988名(男性371名、女性617名、平均年齢74.4歳)です。
各群での生存者と死亡者のデータは以下の通りです。
各群における生存曲線は以下のとおりです。
グループAはグループCと比較して年齢と性別を調整後の死亡リスクは0.78(95% CI:
0.60–0.99)となり有意差が認められました。データにないんですが、AとB群の比較は行ってないようです。差がなかったんですかね。
C群内において、義歯使用者群と義歯未使用者群では年齢、性別、無歯顎率は両群で有意差はありませんでした。義歯使用者と義歯未使用者の生存曲線を以下に示します。
コックス比例ハザードモデルでは、義歯未使用群は義歯使用群と比較して1.52倍(95% CI: 1.25–1.83)死亡リスクが高い結果で有意差が認められました。
考察的なもの
本研究の結果は、機能的に十分な歯の咬合を有する高齢者は、咬合のない高齢者よりも生存率が高いというこれまでの知見と強く一致しています。また、この結果は、天然歯の咬合がない高齢者のうち,義歯使用者は非使用者よりも死亡リスクが有意に小さいことを示していると考えられる。
今回の研究では、死亡率と歯の咬合との間に因果関係があるとは言えませんが、これらの結果は、義歯の普及を促すための根拠となるかもしれません。加齢は、死亡に至る身体的および精神的障害の最も重要な危険因子であると考えられています。C群の被験者は他の2群に比べてかなり高齢でしたが、年齢効果を考慮しても、無歯顎の被験者の死亡リスクは有意に高いことがわかりました。重要な発見は、C群の高齢者のうち、非義歯使用者は義歯使用者よりも死亡リスクが有意に高いということです。8年後に口腔内検査を繰り返すことができなかったので、著者らは、最初の調査時に十分な歯列咬合を有していた人が、天然歯の保持や義歯の装着によって8年後もその状態を維持しているかどうかを判断することができませんでした。この条件の範囲内では、適切な歯の咬合を維持したり、義歯で咬合を回復したりすることが、老年期の健康と長寿に関連している可能性が示唆されました。
まとめ
かなり古い論文ですが、ちょっとひっかかるところがあります。日本人高齢者は医療保険が充実しているから社会経済的な要因は最小化されている、という考えの元で交絡の調整が年齢と性別しかされてないことです。例えば学歴なんかも当然関連してくるでしょうし、そういった事が変数として採用されていないのは今となっては不十分な印象を受けざるを得ません。また、基礎疾患がインタビューだけで終わっており、実際検査されたわけでないので、本当に健康体で基礎疾患がない状態だったかも明確ではありません。ただし、この当時の解析レベルはかなり低くて、この研究でさえ当時みたら相当新鮮だったと思います。
自分が歯科医師になったのは1999年ですが、確かにこの頃は高齢者医療は本当に恵まれていました。確か70歳以上は1回の診療の自己負担額の最高が500円で、月4回まではそれでいけたと記憶しています。今の1割または2割負担とは大きな違いがありますね。私が歯科医師になる前は自己負担なしだった時代もあったと記憶しています。
結果として、この解析方法だけで歯がないと死亡リスクと簡単にいうことはできないと思います。ただ、義歯のありなしでここまで生存率に差が出るのは面白いなと思いました。ということで、この論文を自分の講演などに引用することはいたしません。