普通の歯科医師なのか違うのか

加齢により象牙質は劣化、失活歯は劣化が加速

 
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5代目歯科医師(高知市開業)
東京医科歯科大学卒業(47期)
同大学院修了
【非常勤講師】
徳島大学
岩手医科大学

前回、ドナーが同じ根管処置歯と生活歯の象牙質の物性が異なるという論文を読みました。これによると根管処置歯は生活歯よりも劣化、脆化が認められ、歯根破折しやすくなる事がどちらかというとマクロ的な視点でわかりました。今回読む論文は、同じ著者達が行った研究でミクロレベルでの実験になります。今回は象牙質を粘弾性体として捉えた実験を行っているので、貯蔵、損失、複素弾性率、tanδというものが出てきます。これについてはネットに落ちていた貯蔵弾性率等の説明をご参照下さい。一番最後のまとめのスライドが一番わかりやすいです。なお、英語がかなり難解で、訳が間違っている可能性があります。材料系でミクロ、粘弾性体と専門外すぎて読むのに苦労しました。

Root fractures in seniors: Consequences of acute embrittlement of dentin
W Yan , H Chen , J Fernandez-Arteaga , A Paranjpe , H Zhang , D Arola
Dent Mater. 2020 Nov;36(11):1464-1473. 
PMID: 32958308

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32958308/

Abstract

Dentin undergoes irreversible changes in microstructure with aging that involve gradual filling of the tubule lumens with mineral. Known as dental sclerosis, this process begins at the root apex, progresses coronally, and is associated with a degradation in the resistance to fracture of dentin.

Objective: To determine i) age-related changes of intertubular dentin with aging, particularly within the root, and ii) the differences in age-related degradation between vital and pulpless (i.e. non-vital) teeth.

Methods: We performed nanoscopic dynamic mechanical analysis (nanoDMA) in scanning mode on the intertubular and peritubular dentin of teeth from young and old adults. The complex, loss and storage moduli, as well as the tan delta parameter were evaluated for teeth with no restorations and teeth with root canal treatment (non-vital).

Results: There were significant changes in the dynamic moduli of intertubular dentin with age, which were most substantial in the apical third of the root. The storage modulus of the intertubular dentin, which quantifies the purely elastic resistance to deformation, was significantly (p < 0.0005) larger for both the old vital and non-vital teeth than that of the young teeth, over the entire root length. However, the tan delta parameter, which quantifies the relative capacity for viscous deformation, was significantly lower in these two groups (p < 0.005).

Significance: Radicular dentin undergoes an embrittlement with aging, involving reduced capacity for viscous deformation. The extent of degradation is largest in the apical third. Removal of the pulp appears to accelerate the aging process or compound the extent of degradation.

象牙質には、段階的なミネラルの象牙細管封鎖などの加齢による微細構造の不可逆変化が起こります。硬化象牙質として知られていますが、このプロセスは根尖からスタートし、歯冠方向に進行していき、破折抵抗の低下に関連しています。

目的:特に歯根の菅間象牙質の加齢変化、生活歯と失活歯の加齢劣化の違いを決めることです。

方法:若年成人および高齢者の歯の管周象牙質および管周象牙質について、走査モードによるナノスコープ動的力学分析(nanoDMA)を行いました。動的(複素)弾性率、損失弾性率、貯蔵弾性率、tanδパラメータを、未修復歯と根管処置歯について評価しました。

結果:加齢による菅間象牙質の動的弾性率の有意な変化が特に歯根側1/3で認められました。菅間象牙質の貯蔵弾性率、変形に対する純粋な弾性抵抗を定量化したもの、については、高齢者の生活歯、失活歯は若年成人と比較して有意に大きい値を示しました。しかし、粘性変形の相対容量を定量化したtanδは、これら2群(高齢者の生活歯、失活歯)は有意に小さくなりました。

知見:歯根部の象牙質は加齢により脆弱化し、粘性変形のキャパシティが低下します。劣化の程度は根尖1/3が最も大きくなりました。抜髄は加齢変化を加速させる、または劣化の程度を悪化させるようです。

ここからはいつもの通り本文を適当に抽出して意訳要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください

緒言

ここ数十年における寿命の延長とオーラルヘルスケアの急速な進歩によって、有歯顎高齢者人口が増加しました。結果として、デンタルケアを必要とする高齢者人口が増えています。有歯顎高齢者の増加は歯科専門職に新たな挑戦をもたらしました。破折歯、他の機械的劣化という問題です。歯の破折は、患者の年齢に関係なく起こりますが、垂直破折は40~60歳の患者に最もよく起こります。これらのタイプは根管治療で治すことができず、抜歯に至ることが多いです。

歯根から始まる破折や、歯冠の線角部から広がる破折は、一般的に象牙質を含みます。象牙質は高度に石灰化した組織で、体積比で約45%のミネラルで構成され、エナメル質の基質となります。歯髄からデンティンエナメル境(DEJ)およびセメント質に向かって放射状に伸びる微細な溝(細管)のネットワークが横断しています。象牙細管内は、内液と象牙芽細胞の突起があります。細管は、主にアパタイト結晶からなる管周象牙質の高度に石灰化したカフ(意味がよくわかりません)により囲まれています。象牙細管の間の菅間象牙質はコラーゲン線維のメッシュ構造で、線維間および線維外のアパタイト結晶によって補強されています。

成人象牙質の微細構造はダイナミックです。加齢により透明性の段階的な変化が起こります。これは象牙細管がミネラルにより閉鎖される、硬化に関するプロセスの結果です。象牙質の硬化は根尖付近の組織で最初に起こり、最も深刻です。象牙細管は歯冠部と比較して、より小さい径で低密度となります。

象牙質硬化のメカニズムはよくわかっていませんが、その結果はよく知られています。特に、加齢に関する象牙質微細構造の変化により、ダメージへの耐性が低下します。加齢と象牙質の機械的性質について調べた過去の研究では、歯冠部、歯根部共に強度が低下しました。さらに、疲労強さ、破折抵抗、クラック成長に対する抵抗なども加齢により有意に低下しました。しかし、これらの研究には2つの鍵となるlimitationがあります。殆どが冠部象牙質を用いていること、歯根の調査では、空間的バリエーションが考慮されていないことです。さらに、加齢による象牙質ダメージ耐性の劣化は、主に最も注目されるもの、すなわち象牙細管を満たすミネラルに起因しています。対して、菅間象牙質の変化は殆ど注目されていません。

歯根破折で懸念されるのは、生理学的な加齢変化だけではありません。失活歯、根管処置歯は、生活歯と比較して破折しやすいです。垂直破折(VRF)は過去に根管処置を行った歯によく起こります。AAEによると、VRFは根尖部のクラックから始まり、歯冠部に延長します(図1)。VRFは根管処置時に生じた象牙質内部のクラックから生じると信じている人がいます。確かに、根管処置時に生じた象牙質の欠損は寄与因子になるかもしれません。しかし、これまでの研究では、根管処置の対象となった歯の象牙質内には欠陥は確認されず、VRFへの寄与も考えにくいことが報告されています。VRFの原因や、根管処置が破折の進行にどのように関与しているかについては、議論の余地があり、依然として明らかではありません。

根管処置により歯髄の除去は、象牙質構造の不可逆的な変化と関連しています。年齢とドナーを調整した歯の歯根象牙質の強さを比較した所、根管処置歯は30%も強さが劣る結果でした。いまだ、失活歯、特に根管処置後に機能を営んできた歯の加齢変化、歯根の劣化における空間バリエーションはよくわかっていません。高齢者における根管処置歯の歯根破折は、根尖部の機械的性質の急速な劣化によるもので、管間または菅周象牙質の構成の違いが明らかかもしれません。この現象を理解することは、治療法の開発や歯科材料の開発に向けた第一歩となります。

圧痕法は、加齢と硬化による象牙質の機械的物性変化を特定するのに用いられてきました。肉眼での圧痕法では識別不可能であり、顕微鏡レベルでのナノインデンテーションが硬組織の物性を計測するスタンダードな方法で、粘性の調査に用いられています。ナノインデンテーションまたは原子間力顕微鏡が菅間、菅周象牙質の変化を別々に測定するのに必要です。

ナノスコープ動的力学分析(nanoDMA)は、ナノインデンテーションに基づいた構造解析の特殊なものです。走査型プローブ顕微鏡を用いた走査型nanoDMAは、圧痕応力をエラスティックな範囲に維持するため、高感度分析に適しています。象牙質の接着や加齢変化の評価に用いられています。象牙質再石灰化の研究でも、コラーゲン架橋構造の測定に使用されています。しかし、しかし、歯根内のnanoDMAマッピングを用いた、管間象牙質と管周囲象牙質の加齢に伴う独特な変化や、生活歯と失活歯の違いを明らかにした研究は報告されていません。

本研究では、nanoDMAの走査モードを使用し、ドナーの年齢、歯髄の生死、組織学的状況などに関する歯根象牙質の動的機械的物性を検討しました。2つの仮説が立てられました。1)年齢により歯根長に沿った菅間象牙質の機械的物性に有意差はない、2)菅間象牙質の特性は生活歯と根管処置歯で有意差はない、です。

実験方法

人の単根歯、カリエスのないものを収集しました。複根の大臼歯と比較して単純な単根の小臼歯が選択されました。歯は、ドナーの年齢、性別を記録し、Hank’s平衡塩溶液(HBSS)に保存しました。目視できるカリエスや実質欠損がある歯は除外しました。8人の被験者から合計12本の歯が収集され、若年群(25歳以下、n=4)、高齢群(60歳以上、n=4)、高齢失活群(60歳以上、n=4)に分類しました。高齢群と高齢失活群の4本は歯のペアをマッチングしました。それぞれのペアは同じドナーから採取した同名対称歯で構成されます。同名対照歯でマッチングするのは非常に困難でしたが、ドナー間における差がないので、とても有益です。

歯は受け取ってから2週間以内にポリエステルレジンの土台に包埋し、正確なスライスマシーンを使用して、近遠心で歯軸方向に沿って切断しました。得られた半分を低温硬化エポキシ樹脂に埋め込み、根管と断面を露出させました。露出象牙質を象牙細管が明らかになるまで#800、#4000で耐水研磨しました。さらに3μmのダイヤモンド粒子入りの懸濁液と0.04μmのコロイダルアルミナ懸濁液で研磨しました。試料を象牙細管内のデブリを除去するために20分間超音波洗浄しました。これらの全ての過程はHBSS中で行われました。

動的機械的解析(DMA)を走査型プローブ顕微鏡を用いて行いました。走査に基づく評価は、先端半径90 nmのBerkovichダイヤモンド圧子を用いて実施し、参考文献37に従って石英標準を用いた走査モードで測定しました。歯のnanoDMAに先立ち、機械操作に関連する共振成分を特定するため、溶融石英で100 Hzから300 Hzの周波数スイープを行いました。このプロセスの結果に基づき、象牙質の評価においてS/N比を最大にするために200Hzの走査周波数を使用しました。4μNの静的圧痕荷重と2μNの動的正弦波荷重をRyouらの報告に従い適用しました。走査モードnanoDMAは、20μm×20μmの評価窓を用いて行いました。これは図2Aに示す通り、5~10の象牙細管が含まれる領域です。本装置は256回の水平走査と256×256のピクセル密度で評価を行います。菅間象牙質、管周象牙質の特性は根尖部、歯根中央部、歯冠側部の3領域において定量評価を行いました(図2B)。それぞれの領域で、評価ウィンドウ内の関心領域は、管間象牙質または管周囲象牙質のいずれかに対応するように選択しました。統計的に代表的な評価が得られるように、各歯の各領域で独立した3回のnanoDMAスキャンを実施しました。次に、関連する領域内のスキャンデータから、望ましい特性の平均値と標準偏差を割り出しました。

脱水が機械的性質に与える影響を最小化するために、nanoDMAは99.4%エチレングリコールで処理した水和状態で行いました。スキャン中の水分の蒸発を防ぐためにHBSSのバスから取り出した試料表面にうすいエチレングリコールの層を塗布しました。過去の結果から、走査モードDMA時のエチレングリコールが弾性率に与える影響はなく、このアプローチは1時間以上組織の水和を維持できる事が分かっています。個々のスキャンは30分以内には完了したため、本プロセスは完全水和下で物性を評価できた事を保証します。

それぞれの評価領域では、貯蔵弾性率(E’)と損失弾性率(E”)が得られました。これらは、弾力性と材料の減衰能力を表します。これら2つのパラメーターは複素弾性率(E*)をE*=((E’)2+(E”)2)1/2で導くのに使用します。損失弾性率と貯蔵弾性率の比は、組織の粘性反応の指標であるtanδを得るために使用されます。統計解析は2元配置分散分析を用い、有意水準は5%としました。データの正規性は統計解析前にチェックしました。

結果

若年群の根尖部象牙質から得られたマップを図3に示します。具体的には、複素、貯蔵、損失弾性率を表す表面形状と力学的特性分布、およびtanδ分布がこの図に示されています。これらのマップは評価の20μm×20μm窓を越えて得られました。象牙細管と菅周カフは表面性状と力学的特性マップで明確であり、 これにより菅間象牙質と菅周象牙質に対応する領域を正確に特定することができました。細管の中央は、先端と開口した管腔の境界効果により、非現実的な物性値を示します。このような領域は圧痕のアーチファクトであり、定量分析では除外しました。

高齢群の生活歯、失活歯の根尖象牙質マップを図4に示します。tanδと同様に貯蔵、損失弾性率の分布も示しています。図3、4にしめす特性マップは比較しやすいように同じ範囲としています。若年群、高齢群での複素弾性率、貯蔵弾性率の違いははっきりわかります。具体的には、高齢2群における菅間象牙質の貯蔵弾性率は、若年群と比較して大幅に大きい値でした。対照的に、高齢群における菅間象牙質のtanδは、若年群と比較して小さな値を示しました。

歯根部位における管周象牙質の動的力学的特性の比較を行い、結果を図5に示します。具体的には、貯蔵、喪失弾性率は図5A、Bに、tanδと複素弾性率は図5C、Dに示します。管周象牙質の力学的特性は、3部位全てで高齢2群と若年群間に有意差を認めませんでした。しかし、高齢生活歯群の根尖1/3における管周象牙質の貯蔵、複素弾性率は、歯根中央部、歯冠側よりも有意に大きな値となりました。さらに、管周象牙質のtanδは年齢、部位において有意差を認めませんでした。

図5における管周象牙質の解析と同様に、菅間象牙質の動的力学的特性の定量比較を図6に示します。具体的には、若年群、高齢群、高齢失活歯群の貯蔵、喪失弾性率を比較したのが図6A、図6Bです。tanδと複素弾性率で同様の比較を行ったのが、図6C,図6Dです。部位的なバリエーションに関連して、高齢生活歯群での貯蔵、複素弾性率については、根尖1/3の菅間象牙質が他野2群よりも有意に大きい結果となりました。これにより仮説1は棄却されました。対照的に、若年群、または高齢失活歯群では部位差は確認出来ませんでした。年齢群による違いについては、高齢生活歯群では、根尖1/3と歯根中央部の菅間象牙質の貯蔵、複素弾性率は、若年群よりも有意に大きくなりました。さらに、高齢失活歯群の歯根から得た菅間象牙質の複素弾性率は、3箇所全てで有意に大きくなりました。これにより仮説2も棄却されました。一方で、喪失弾性率は年齢群間で有意差はなし、若年群のtanδは、部位にかかわらず他の高齢2群よりも有意に大きな結果となりました。

考察

個別圧痕モードnanoDMAを使った研究によると、Ryouらは菅周象牙質の貯蔵、複素弾性率は、生活歯では年齢で有意差はなかったと報告しています。この知見は、本研究でも確認されています。しかし、Ryouらは、高齢者の歯の菅周象牙質は有意に喪失弾性率とtanδが小さかったと報告しています。これは、粘性減衰能が低いことを示唆しています。この傾向はnanoDMAの走査モードでは観察されませんでした。この違いは、この違いは、圧痕のメカニズムや、2つの異なる方法の適用に伴うサイズ効果に起因する可能性があります。走査モードnanoDMAは、その空間的関係と感度に基づき、個々の成分の特性を評価するためのより適切な方法です。走査モード時における圧痕の荷重は4μNであり、Ryouらの個別圧痕モードの100倍小さい値です。高感度走査モード解析により、菅周象牙質の性質を抽出することができました。その結果、年齢による有意差はありませんでした。さらに、Ryouらの研究は歯冠象牙質が用いられ、歯根組織は使用されていません。この2つの組織の違いを知る事はとても重要です。歯根部の菅周象牙質の動的力学的性質は、根尖側1/3を除いて加齢により変化はありませんでした。高齢2群では、菅周象牙質の性質は、生活歯、根管処置歯で有意差はありませんでした。

著者の知るところでは、歯根菅周象牙質の部位による違いを評価した研究は過去にはありません。硬化は20代で根尖部からスタートするので、かなり硬化が進んでいるであろう高齢群の根尖1/3は、貯蔵、複素弾性率が大きい事が予測されます。実際、この2つの弾性率は高齢2群の根尖部では増加が認められました(図5A、D)。象牙細管へのミネラルの堆積は、圧痕反応の根本的な変化を起こすかもしれません。細管閉鎖は、横方向の弾性変形の程度を抑制することによって、カフの物理的境界条件を変化させます。他の可能性のあるメカニズムとしては、細管内の水溶液によって刺激された結晶の析出によるカフの緻密化です。後者の説明は、若年者の象牙質のカフに比べて、老化した象牙質の結晶サイズが小さいことから支持されます。しかし、これは生活歯のみの話で、根管処置歯にはあてはまりません。弾性変形への大きな抵抗が高齢2群の菅周象牙質カフで認められた理由は不明です。

加齢に伴う象牙細管への取り組みに比べ、管間象牙質の特性の変化は、あまり注目されていません。骨では、加齢による靭性の低下はほとんどコラーゲンマトリックスに起因しています。歯では、菅間象牙質が象牙質全体の90%以上、タイプIコラーゲンが菅間マトリックスの約90%を占めています。そのため、体積的に、菅間象牙質は歯根破折に抵抗するためには非常に重要であり、コラーゲン線維のメッシュは、破折への抵抗に欠かせません。大きな体積を占めるので、コラーゲン、菅間象牙質の加齢による変化は、細管や菅周象牙質カフの変化よりも有害である可能性があります。これは、最も象牙細管の密度が低い根尖側1/3に最もあてはまります。20代から硬化が始まるので、根尖領域は歯冠部よりも遙かに長い期間硬化が進行しています。結果的に、象牙質の加齢による性質変化は、根尖付近でもっとも顕著であると考えられます。実際、高齢生活歯群で最も大きな変化が、今回の研究でも認められました(図6)。

Kinneyらは硬化について分解-沈殿理論を提唱しました。菅間象牙質のミネラルが分解し、マグネシウムが豊富なβ-TCPとアパタイトが細管内に沈殿するという理論です。そして、そのメカニズム説を支持するものとして、硬化象牙質は管間領域では結晶サイズが減少します。菅間領域でのミネラルの体積比の減少により、複素、貯蔵弾性率は加齢により減少すると考えられます。高齢生活歯、失活歯群両方において菅間象牙質では複素、貯蔵弾性率は部位に関係なく大きくなりました(図6)。大きな貯蔵弾性率はミネラル量の増加、またはコラーゲン架橋の増加によるものと考えられます。Yanらは、加齢により歯根部のミネラル-コラーゲン比と架橋構造の両方が増加することを最近報告しました。この研究は生活歯のみを対象としていますが、その後の研究では根管処置後の歯も含まれ、失活歯は生活歯と比べてミネラル-コラーゲン比が小さいが、コラーゲン架橋は有意に多い事を報告しました。これは、生活歯と失活歯の貯蔵、複素弾性率が大きいのは別のメカニズムによる事を意味しています。実施された根管処置の詳細に関する情報がなければ、その研究における架橋の増加の原因を区別することはできません。失活歯の象牙質の加齢変化を解明するにはより多くの研究が必要です。

加齢による菅間象牙質の貯蔵弾性率の増加は、有害な結果となります。菅間象牙質の任意のボリュームに同じ力を与えた場合、若年者の象牙質の貯蔵弾性率は小さいため、クリティカルなストレスに至るまでに大きなひずみエネルギーを集積する事ができます(図7b)。蓄えられる以上のひずみエネルギーは、破壊のためのエネルギーに変換されます。これは、象牙質の粘性変形が重要な役割を果たしているということです。tanδは図7Cに示されているように、加えられた応力に対する粘性緩和を含む相対的な減衰能力を定量化したものです。大きな損失弾性率ということは、若年者の象牙質は粘性緩和に優れており、ひずみエネルギーを分散します。高齢者の象牙質では、25%近くtanδの減少が認められ、若年者よりも粘性ストレス緩和能力に劣る事が示唆されます。粘性挙動に対するストレス緩和能力の喪失は、組織の脆化として表現されます。そのため、高齢者における歯根破折の増加は菅間象牙質の脆化によると考えられます。

加齢に伴う脆化は、特に失活歯においてコラーゲンの架橋が重要な役割を果たしている、という前例があります(図6D)。骨内でのコラーゲンの架橋化は、加齢によるダメージ耐性の低下に寄与しています。象牙質のコラーゲンの架橋化が加速し、加齢により強度の低下に寄与します。ドナーマッチした根管処置歯、未処置歯の象牙質における過去の研究でも、菅間のコラーゲン架橋化と破折強度の低下には相関が認められました。そのため、菅間象牙質におけるコラーゲンマトリックスの架橋化は、根尖側1/3の変化と同様に、全ての部位での貯蔵、複素弾性率の上昇に潜在的に寄与しています。この見解には、管間のミネラル化が物性変化の交絡因子でないことを証明するために、さらなる裏付けと評価が必要です。

最も興味深い知見の1つは、ドナーが同じ生活歯と失活歯間で象牙質に有意な物性の違いが認められた事です(図6)。歯髄除去後の象牙質の構造変化は、象牙細管内液の喪失と歯髄内圧の低下だけでなく、細胞プロセスの欠如により予想外のものとなります。結果的に、硬化の進行を引き起こす原動力が不活性化されます。しかし、物性マップから、失活歯は生活歯と比べて、歯の全長にわたり象牙質の貯蔵、複素弾性率が大きい事が明確に示されました。これは、根管処置による物性変化を示した最初の報告です。高齢者の象牙質の動的力学的特性は、根尖側1/3から歯冠側1/3へと段階的に変化していきます。根尖付近はより加齢変化が進行しており、部位による差は失活歯では明確ではありません。失活した歯のコラーゲンは架橋化し、治療の結果変性すると考えるのが合理的です。例えば、次亜塩素酸ナトリウムによるイリゲーションは、象牙質の弾性率や硬さに影響を与えることが照明されており、潜在的にコラーゲン変性の原因となります。まことしやかではありますが、さらなる研究が必要です。

本研究にはlimitationがあります。もっとも重要な懸念は、ドナーの治療歴がわからないということです。象牙質の微細構造はすべての歯で一貫しているように見えますが、その性質は人によって異なります。食事、服薬、パラファンクションなど多くの要因の結果です。患者要因は、ドナーが同じ生活歯と失活歯を使用する事で抑制しました。しかし、ドナー間での加齢進行の違いは不明です。さらに、根管処置歯について、治療方法や治療期間、治療時期などがわかりません。これらは劣化の始まり、進行を理解するのに重要な因子です。また、サブミクロンレベルでの粘性変形能力の低下の原因となる、微細構造と化学組成の具体的な変化の評価にも限界があります。加齢に伴う象牙質の構造変化を原子レベルで調べるには、アトムプローブトモグラフィーのような先端技術を応用すべきです。

結論

nanoDMA走査モードを用い、成人ドナーの歯根象牙質の動的力学的特性を、ドナーの年齢、歯髄の生死および組織学的位置の関数として評価しました。高齢群の菅間象牙質は、若年群と比較して貯蔵、複素弾性率が(最大2倍)大きくなりました。失活歯の象牙質は、ドナーマッチされた生活歯と比較して有意に大きな貯蔵、複素弾性率を示しました。高齢2群の歯では、若年群と比較して貯蔵、複素弾性率が有意に小さく、tanδも小さくなりました。まとめると、歯根象牙質は加齢により粘性変形のキャパシティが低下し、結果として脆化します。この劣化は、歯髄除去を含む処置により増強され、根尖1/3で最も重篤です。

まとめ

結論にある「高齢2群の歯では、若年群と比較して貯蔵、複素弾性率が有意に小さく、tanδも小さくなりました。」というところなんですが、前後の文章や結果の図をみても、貯蔵、複素弾性率が有意に小さくなった、というのは間違いではないでしょうか?

粘弾性体として象牙質を見た場合においても、象牙質は加齢により貯蔵弾性率が大きくなる(硬くなる)、根管処置歯は未処置歯と比較して貯蔵弾性率が大きい、ということがわかりました。特に根尖1/3での劣化が進んでいるということもわかりました。根尖からクラックが発生して歯冠側に向かう、ということは、垂直歯根破折でポケット深さが根尖まで到達しなくても根尖まで割れている可能性が高い、ということかなと思います。ということはもしリペアするなら意図的再植で根尖まで確認しないと駄目ということかな?、と考えたのですが、いかかでしょうか。

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